2011年7月29日

機械翻訳をそのまま出版して大炎上!


翻訳業界で最近一番ホットな話題といえば、『アインシュタイン その生涯と宇宙』の日本語訳書をめぐる展開です。一言で説明すると、納期に間に合わせるために機械翻訳の訳文をチェック抜きでそのまま出版して、ネット上の各方面で「これはひどすぎる」と大炎上しているのです。

アマゾンのレビューには以下のコメントが寄せられました。

「彼は,時には,やかましくこっこっと鳴って,終わりに全体の出来事が「最もおもしろい」と断言した。」(p.39)

 「ボルンの妻のヘートヴィヒに最大限にしてください。(そのヘートヴィヒは,彼の家族に関する彼の処理,今や説教された頃,彼が「自分がそのかなり不幸な回答に駆り立てられるのを許容していないべきでない」と自由に彼に叱った)。以上は,彼が目立つべきであり,彼女が言ったのを「科学の人里離れている寺」に尊敬します。」(p.41)

 「アルバート・アインシュタインの爆発するようなグローバルな名声と芽生え始めたシオニズムは科学の歴史の中でもユニークで,どんな分野にも,本当に,顕著であった出来事のため一九二二年春に集中。一種の大規模狂乱を喚起して,ツアーしているロックスターをぞくぞくさせるへつらいを押す東とmidwestern合衆国を通る壮大な二ヶ月の行列式書。世界は,以前一度も見たことがなくて,おそらくユダヤ人のための再びそのような科学的有名人のスーパースター,また,たまたまヒューマニスティックな値の優しいアイコンであった人,および決してどんな生きている守護聖人も見られないつもりだった。」(p.45)

以上原文のママ。やはりアインシュタインの本は私には難解すぎるようだ・・・???

極めつけはp.61.。 

 「驚異的な場面だったが,それはクリーブランドで超えられていた。数数千が,訪問代表団と会合するためにユニオン列車車庫に群がった,そして,パレードは二〇〇台の酔っぱらっていて旗の包茎(ママ)の車を含んでいた。

確かにひどい。醜い。こんな行為が許されるわけがありません。どうなるかと思ったら、訳者の一人がレビュー欄を使って事の顛末を説明しました(全文を引用掲載)。

私は本書の上巻の5-11章の翻訳を担当した松田です。この下巻の12,13,16章、特に13章を巡る、滑稽かつ悲惨な内部事情を知っている範囲でのべ、読者にお詫びをすると同時に、監修者と訳者の恥を濯ぎたいと思います。

本書の翻訳は数年前に監修者の二間瀬さんから依頼されました。私は自分の分担を2010年7月に終えました。翻訳権が9月に終了するので急ぐようにとのことでした。ところがいっこうに本書は出版されず、今年6月になり、いきなりランダムハウスジャパンから、本書が送られてきました。そして13章を読んだ私は驚愕しました。

私は監修者の二間瀬さんに「いったい誰がこれを訳して、誰が監修して、誰が出版を許可したのか」と聞きました。二間瀬さんは運悪くドイツ滞在中で、本書を手にしていませんでしたので、私は驚愕の誤訳、珍訳を彼に送りました。とくに「ボルンの妻ヘートヴィヒに最大限にしてください」は、あきれてものもいえませんでした。Max BornのMaxを動詞と誤解しているのです。「プランクはいすにいた。」なんですかこれは。原文を読むと、プランクは議長を務めたということだと思います。これらは明らかに、人間の訳したものではなく、機械翻訳です。

先のメールを送ってから、監修後書きを読んで事情が少し分かりました。要するに12,13,16章は訳者が訳をしていないのです。私は編集長にも抗議のメールを送りました。編集長の回答によれば12,13,16章は、M氏に依頼したが、時間の関係で断られたので、別途科学系某翻訳グループに依頼したとのことです。ところが訳のあまりのひどさに、編集部は監修者に相談せずに自分で修正をしたようです。12,16章の訳はひどいなりにも、一応日本語になっているのはそういうことだと思います。ところが13章は予定日までに完成しなかったらしく、出版期限の再延期を社長に申し入れたが、断られた編集長は、13章の訳稿を監修者に送ることもせずに、独断で出版したらしいです。重版で何とかしようとしたようです。出版を上巻だけにして、下巻はもっと完全なものになってからにすればよかったのに、商業的見地からは、上下同時出版でないとダメだそうです。

二間瀬さんは社長に、強硬な抗議文を送り、下巻初版の回収を申し入れました。社長も13章を読んでみて驚愕したようです。そして回収を決断しました。

自動車のリコールがときどき問題になります。そして社会的指弾を浴びます。しかしあれは発売時点では欠陥に気がついていなかったはずです。ところが本書の下巻は、発売時点で、とても商品として売れるものでないことは明らかでした。本書下巻を2000円も出して買った読者は、怒るに違いないと、二間瀬さんに指摘しました。またアマゾンで書評が出たら星一つは確実だとも述べました。

本書の原書は名著です。私は自分の担当の部分を訳して、とても勉強になりました。ですから本書は日本の図書館に常備されるべき本だと思います。ところがこの13章の存在のため、もし初版が図書館に買い入れられたら、監修者と訳者の恥を末代にまで残すことになります。より完全な下巻の完成を期待しています。

ある意味で歴史に残る大失態になってしまったわけですが、この事件から学べることはいくつかあると思います。

1.機械翻訳の正確性

Google翻訳など翻訳関連ソフトの目覚しい進化が高い関心を集めているために、「機械翻訳は結構いける!」と錯覚されがちですが、訳者のコメントでも分かるように機械翻訳はまだ商用目的で安心して使えるレベルでは到底ありません。私も一人のプロ翻訳者として断言できます。特に文章が長くなればなるほど安定感がガタ落ちしますし、少し凝った表現は文脈を読み誤ることが多い。「今回の例は限定的であり、注意して使えばこんなミスが起きるはずがない」と思う人もいると思いますが(特に「自分には起こるはずがない」と思いがちですが)、読みにくい機械翻訳はみなさんが考える以上に市場に出回っています。このような機械翻訳は、数年前までは内輪のネタで終わっていたものが…

2.ソーシャル時代の翻訳とその評価

…今はネット上で公開処刑の如く猛烈に非難されて炎上します。そして厄介なのが、ネット上のデータは半永久的に残るため(例え上記のアマゾンレビューが削除・編集されても、数多のブログ記事は消えません)、関係者全員の名誉・ブランドイメージに傷を残します。

上記の訳者コメントによると、出版社は「重版でなんとかしよう」と考えていたらしいですが、おそらくこの出版社はソーシャル時代の特徴、つまり個人の発言の即時反映性と影響力について全く考えていなかったか、甘く見ていたのでしょう。個人が強い発言力を持ち、大きなうねりを生み出す時代。これは出版社や訳者にとって難しい環境である一方、チャンスに満ちた環境でもあります。手間を厭わず良い仕事を心がけ、ファンとの密なつながりを求めていけば、むしろビジネスチャンスは広がる可能性が大きいと私は考えます。

3.翻訳者・監修者・編集部の関係性

訳者コメントによると「監修者は何も知らなかったので責任はない」と読みとれますが、これは考えが甘いのではないでしょうか。というのは、仮に編集部が独断で出版を決めたとしたら、それは監修者が相談するほど信頼されていなかったことを意味しているのであり、そのような関係になってしまったのは、少なからず監修者にも責任があると私は考えます。それに訳者が「翻訳権が9月に終了」する事実を知っているのであれば、おそらく監修者も知っていたと推測されますし、監修の立場にある者として編集部と定期的にコミュニケーションをとるべきではなかったのでしょうか。もちろん編集部が一番悪いことは明確ですが、問題が発生した時に監修者はもちろん、訳者の誰にも相談がなかった、つまりそのようなコミュニケーションの土台が存在していなかった事も問題だと思うのです。

ちなみに出版社の株式会社武田ランダムハウスジャパンはHPに以下のお詫びとお知らせを掲載しました。

平素は小社刊行物をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。

この度、本年6月に発売いたしました『アインシュタイン その生涯と宇宙』上下巻のうち、下巻の一部に校正・校閲の不十分な箇所がございました。読者の皆様には多大なるご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫びいたします。

当該書籍は現在、回収を行っております。また、同時に修正作業をすすめており、7月内を目処に修正版を刊行する予定でございます。

すでに下巻を購入された読者の皆様には、誠にお手数ではございますが、下記まで着払いでご送付くださいますよう、お願い申し上げます。修正版ができ次第、お送り申し上げます。

今後はこのようなことが再び起きないよう、編集体制の見直し・強化に努める所存でございます。何卒、ご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

2011年7月1日
株式会社武田ランダムハウスジャパン

「下巻の一部に校正・校閲の不十分な箇所」とは実に無難な表現で・・・

2011年7月28日

絵で見るハリー・ポッター日本語版誤訳・珍訳


ハリー・ポッターの日本語版誤訳・珍訳を指摘するウェブサイトは「ここがへんだよハリー・ポッター日本語版」などいくつかあるのですが、最近話題になっているのが絵で見るハリー・ポッター日本語版誤訳・珍訳です。出版された(誤った)日本語訳のイメージと正しい訳のイメージを絵で表現しているので、非常に分かりやすい。内容も納得できるものばかりです。例えば・・・

原書の文章(p.165)
He recognized the figure's prowling walk. Snape, (後略)

本来はこう訳すべき
あの足音を忍ばせた歩き方は間違いない。スネイプだ。
prowl は「動物が餌を求めてこそこそうろつく」といった意味の動詞。prowling walk はそのような歩き方を指している。

しかし……日本語版の文章はこうなっている!
あのヒョコヒョコ歩きが誰なのかハリーにはわかる。スネイプだ。

そもそもスネイプというキャラの特徴が分かっていれば彼が「ヒョコヒョコ」歩くはずがないのは分かりきっていることなのですが・・・

私はハリー・ポッターは全て映画で済ませてしまい、原書・訳書ともに読んだことがないのですが、不思議と私の周りの翻訳者は「日本語版のハリー・ポッターは文体が気に入らない」と言う人が多い気がします。なぜでしょうか・・・

絵で見るハリー・ポッター日本語版誤訳・珍訳

2011年7月27日

ことば関係のお薦めTED動画。

前回に続いて、今度はことば関係のお薦めTED動画を紹介します。特にママさん翻訳者にとって興味深い内容が多いかもしれません。

パトリシア・クール 「赤ちゃんは語学の天才」

赤ちゃんが複数の言語環境が存在する中で、1つの言語をいかに学ぶのかは長いあいだ学者の研究対象とされてきましたが、多くは謎に包まれたままでした。その中でパトリシア・クールは「赤ちゃんは周りの人が話すのを聞いて、理解すべき音の「統計を取って」いる」との研究結果を発表。生後6ヶ月の赤ちゃんは、実は緻密で洗練された思考を展開しているのかも・・・



パトリシア・ライアンの英語だけに固執しない!

「英語中心の現在の世界は、他の言語による優れた知識の広がりを妨げているのではないか?」が命題であるこのトークは、TOEICや英検を重要視する日本の英語学習のフレームワークについても一石を投じます(社内英語公用語化の問題も関係してくるでしょう)。翻訳者としても学ぶことが多いです。



デブ・ロイ「初めて言えた時」

子供はいつのまにか言葉を喋るようになり、最初はメチャクチャだった発音も気付けばきちんとした形になっています。この「いつのまにか」に着目したのがMIT研究員デブ・ロイ氏で、まだ赤ちゃんの息子がどうやって言語を習得するのか解明すべく家中にカメラを取り付けました。9万時間の動画データに裏付けられる研究結果はもちろんですが、赤ちゃんの「ガー」が「ウォーター」に進化する過程には驚かされます。



おまけ:タン・レイ 「脳波を読むヘッドセット」

ユーザの脳波を読み取り、仮想的なオブジェクトや実際の家電機器を念じるだけで操作することができる技術が紹介されます。さらに開発が進んだ数十年後には脳波から直接コミュニケーションをする時代が来るのでしょうか。だとしたら翻訳者・通訳者の仕事はなくなるでしょうが、私はむしろそのような世界にワクワクします!

2011年7月26日

お薦めTED動画を選んでみた。

TED (Technology / Entertainment / Design)を初めて観る人向けにお薦め動画をピックアップするのが最近のネットトレンドのようですので、便乗して私もいくつか紹介してみます。とりあえず私のトップ3を。様々な分野の専門家・クリエイターが集まるTEDのトークは翻訳者・通訳者の情報収集にかなり役立ちますし、想像力に溢れるトークから創造性を刺激されること間違いありません。

※TED動画のタイトルや字幕はボランティアの善意により無償提供されているため、当然ながら質にばらつきがあります。

デイビッド・ブレイン:17分間の息止め世界記録

マジシャン/スタントマンのデイビッド・ブレインが、水中で17分間息を止めた世界記録をいかに達成したか語ります。人間の身体の限界を追求する彼の姿には驚きと同時に、恐怖さえ感じます。



ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作

脳卒中を患う人は山ほどいますが、それを冷静に観察する人(自分に起こっているというのに!)は皆無でした―脳科学者のジル・ボルト・テイラーが試みるまでは。時間とともに脳の機能が徐々に停止し、言語が歪み、自分の身体と物の境界認識が交差する。もう驚くことだらけです。



デボラ・ローズ:乳腺腫瘍を3倍も発見できるツール、そしてそれを一般に使用できない理由

マンモグラフィーは痛いというのは女性なら誰でも知っていることです。ですが、痛みがほとんどなく、従来のマンモグラムより3倍も効果がある新しいツールが既に開発されているとしたら、あなたは何を思うでしょうか。より多くの人命を救えるこのツールがなぜ一般には知らされていないのでしょうか?デボラ・ローズ博士がツール開発の裏話と、それを阻もうとする「権力」について語ります。



ちなみにネット上で見つけたまとめをいくつか紹介します。

【すごいプレゼン】TEDを初めて見る人におすすめの10本


おすすめできるかどうかは分からないけど私が何度も何度も繰り返し見てるTED talks 6本

僕の人生を方向付けてくれた、3本のおすすめTED動画

TEDをモバイルで楽しみたい人にはTED+SUB: TED Talks with SubtitlesというiPhoneアプリがお薦めです。AndroidユーザーにはTED Airがあります。

2011年7月25日

アプリの誤訳

iPhoneに代表されるスマートフォンの普及が進むにつれて、便利なアプリも驚愕のペースで増え続けているが、海外で開発されたアプリの日本語訳にはお粗末なものが多い(逆もしかりだが)。一つ例を挙げると、震災後にベストセラーになった某地震予報アプリ。どの機械翻訳を使ったらこうなるのか、ぜひ知りたいものです。


そう考えると、アプリ翻訳は一つのマーケットとして将来性があるかもしれませんね。

2011年7月22日

【完訳】英国人講師殺人事件の裁判で通訳問題があらわに

リンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件について、判決直前に公開された神谷説子さん(ジャパンタイムス)の法廷通訳に関する記事が秀逸な内容だったのですが、日本語版がないようなので私が勝手に訳しました。日本における法廷通訳の問題を広く知ってもらうために役立てられると嬉しいです。

原文(英語)はこちらからどうぞ

ちなみに私は裁判を傍聴していません。ゆえに法廷通訳人の訳は実際のものではなく、意訳してあります。私はこの事件を担当した通訳人の技能や現場の状況に関して十分な知識がないので、本記事が指摘する誤訳などについては一切コメントできません。訳文の責任はすべて関根マイクが負うものであり、原文著者である神谷説子さんは一切関係ありません。つまり誤訳があっても神谷さんに文句言わないでくださいね(誤訳が主題の記事を誤訳するというのもアレな感じですが)。



英国人講師殺人事件の裁判で通訳問題があらわに

通訳人の実力不足を認めない裁判所

神谷説子

英国人英会話講師の殺人と強姦致死罪の容疑で起訴された市橋達也被告人の裁判員裁判は木曜日に判決が予定されている。7月4日の初公判からメディアの注目を大いに集めているこの裁判だが、誰もが気に留めていない問題がある。通訳の質の問題だ。社会的にも関心が高いこの事件だが、微細なニュアンスの誤訳や細かい情報の訳抜けなど、法廷通訳人のミスが何度も確認されている。

この問題を懸念した法曹および言語学の専門家は、外国人が参加する裁判について通訳の質が不十分であるという現状を認め、通訳人の訓練と社会的地位の向上に努めるように裁判所に求めた。

公判中に確認された通訳ミスは裁判官や裁判員の事実認定に影響を及ぼすことはないかもしれないし、結果的に市橋被告人の命運を左右するほどではないかもしれない。しかし被告人、検察、証人、被害者とその家族など、裁判の参加者全員に公平公正な手続きを担保するには正確な通訳が欠かせないため、過剰な通訳ミスは重大な問題であると専門家は指摘する。

例えば7月11日の第5回公判で被害者リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22)の母親であるジュリア・ホーカーさんが検察側証人として証言した時にも複数の通訳ミスが確認された。

検察の目的はジュリアさんの証言を通じて、市橋被告人の犯罪は深刻な結果を招き、リンゼイさんを強姦・殺害した上、死体をアパートの浴槽に砂をかぶせて遺棄したことについて、遺族が厳しい処罰を求めている事実を明らかにすることであった。

娘の死が家族に与えた影響について質問され、ジュリアさんは娘を日本に行かせたことに対して自分を責めていると証言した。「2年間お風呂に入ることができませんでした(I couldn't take a bath for two years)」と証言し、娘の遺体が浴槽で発見されたトラウマをうかがわせた。

しかし法廷通訳人はこれを「あの2年間を取り戻すことはできません(I cannot take back the two years)」と訳した。

その少し後にまた誤訳が確認された。事件に関する苛烈な報道が英国人の日本に対する考え方に影響したかとの検察の質問に対し、ジュリアさんは悪い影響を与えたと答え、今や多くが「日本は以前と比べて安全な渡航先ではなくなった(Japan was a less safe place to come)」と感じていると証言した。

しかしこの証言のニュアンスは日本語への通訳の過程で変化し、「日本はもっとも危険な渡航先(Japan was the most unsafe place to come)」と訳出された。

市橋被告人が遺族に対して謝罪文を書いたことを知っているかと問われて、ジュリアさんは「彼が私たちに謝罪するとは考えていなかった。捕まって残念に思っていると考えていた(We didn't think he would apologize to us. We thought he was sorry for being caught)」と答えた。

しかしこの証言は、市橋被告人は「裁判の準備で(as a preparation for his trial)」謝罪文を書いたと通訳された。

法律では被告人または証人が日本語を喋れない場合、当事者が喋る外国語に精通する通訳者を裁判所が手配することを義務付けている。市橋被告人の裁判は裁判所が遺族にも通訳人を手配した最初のケースの一つでもあり、裁判に積極参加した遺族を支えた。遺族の参加は2008年12月に裁判所の承認を受けて可能になっており、被害者参加制度に基づき被害者の親族は独自の弁護人を選任して裁判に参加し、被告人に質問をしたり、意見を述べたりすることが許される。

通訳の正確性を確認する役割を正式に担う人間が存在しないため、法廷通訳人のミスは修正されずに公判は進められたが、午後に千葉大学名誉教授であり、同大学で市橋被告人を教えた本山直樹氏が弁護側証人として証言した際に、通訳人の誤りを自分で修正する場面が見られた。自身の証人尋問の終わりに通訳の修正を裁判所に申し出て、「通訳人は私が肥料の専門家だと訳されましたが、そうではありません。私の専門は農薬です」と発言した。

ベテランの刑事弁護人であり、市橋被告人の弁護団の主任弁護人を務める菅野泰氏によると、公判中は終始、遺族のために通訳者を手配することを裁判所は強く求めたという。これは通訳人が外国人証人の発言に留まらず、裁判で起こるすべての出来事を通訳するという意味である。裁判のすべての出来事を通訳するという前例が無い試みは有意義な一歩であったかもしれないが、今回においては不十分な結果となった。

弁護団は当初、通訳人を2名手配するように裁判所に働きかけたと菅野氏は言う。実際、被告人が外国人である裁判員裁判では2名体制が標準になりつつある。しかし裁判所は1名しか任命しなかった。この件について千葉地方裁判所は、係争中の案件についてはコメントできないとしている。

金城学院大学教授で法廷通訳の言語分析を専門とする水野真木子氏は、裁判所は優れた技能を持つ法廷通訳人を常に2名任命するべきであると言う。通訳人が2名必要なのは、交代できることと、一方の誤りを他方が発見し、証言の特定の表現について適切な訳を相談して決めることができるからだと水野氏は説く。「これまで多くの(異なる分野における)通訳を研究してきましたが、通訳エラーの量で法廷通訳を越えるものはありません」

法廷通訳には正式な職業訓練も資格制度も存在しないのが問題の根本だと専門家は指摘する。現在、すべての言語の法廷通訳人は通訳人候補者名簿から任命されるが、名簿に登載されている通訳人が職務に必要な技能や適正を有しているとは限らない。日本の法廷通訳人は職業上の肩書きが無く、国家資格も存在しない。
法廷通訳人になるには地域の地方裁判所に問い合わせて、言語能力と経歴について面接を受ける必要がある。裁判所が適格と判断して名簿に登載した後は、訓練は主に実践を通じて行われる。すでに専門的な訓練を経た会議通訳者も一部いるが、多くはそうではない。それゆえ、法廷通訳人の能力にはばらつきがあるのが現状だ。

裁判手続きマニュアル(法廷通訳ガイドブック)は複数の言語で用意されており、裁判所は通訳を集めてフォローアップセミナーも開催している。しかし専門的な職業訓練を実施しない限り現状は変えられないと水野氏は言う。言語技術やメモ取り、通訳倫理などは集中的な訓練以外には習得できないからだ、と。

裁判所は有罪か無罪かが争点ならない限り、ゆるい通訳は大きな問題ではないとナイーブにも信じている、と水野氏は言う。水野氏の模擬裁判研究によると、ニュアンスの違いなどの通訳エラーの積み重ねは裁判員の判断に影響を及ぼす可能性があるとされている。「通訳が刑期2~3年の違いを決める可能性がある」と水野氏は言う。

通訳の正確性は裁判に参加する被害者の遺族にも重要であることを裁判所は理解するべきだと水野氏は言う。遺族は愛する人に何が起きたのか真実を知りたいからだ。例えば感情が溢れる被告人の謝罪や反省の言葉は法廷通訳のかなり難しい部分だが、「通訳のされ方によっては誤って理解され、かえって遺族の怒りに油を注ぐ結果になるかもしれない」と水野氏は言う。

2011年7月21日

YouTubeが日本語字幕を自動生成・表示する機能を実装

YouTubeが動画の中で話されている日本語を自動的に認識して、字幕として表示するサービスを開始しました。これまではユーザが事前に字幕ファイルを作成してアップロードする機能しかなかったのですが(私も一度やろうと思って、あまりの手間に挫折して経験あり)、今回の機能でかなり利便性が向上すると見込まれます。詳しくはInternet Watchの記事をどうぞ。

YouTube、日本語音声を認識して字幕を自動生成・表示する機能を追加

人による手動作業を経ないため、字幕がすべて完全というわけにはいかないが、例えばニュース番組のアナウンサーによる説明など、言葉が明確な映像については高い精度で字幕を自動生成できるとしている。一方、アニメや時代劇など、口調に特徴があるものや、背景に音楽や雑音が入っているものはやはり難しいという。

これについてはいくつか実験記事があるので、そちらを参考にしてほしい。

YouTubeの自動キャプション機能を試す

YouTube“自動字幕”で文字起こしはできる?

英語字幕の自動生成・表示が実装された時から、「近いうちに日本語にも実装されて、将来的には映像翻訳の市場にも食い込んでくるのだろうなあ」と思っていたのですが、予想以上に早い展開で技術が発展している感があります。もちろんまだまだですが、着実に進化しています。

動画を再生すると画面下にCCボタンが表示されるので、そこから音声を文字に変換してください。



雑音が多いとやっぱりダメですが、この辺はまだ愛嬌ということで。

2011年7月20日

笑える音声認識ソフト


翻訳業界でもDragon Naturally Speakingをはじめとする音声入力ソフトが徐々に人気を集めていますが、今回はその音声入力(認識)の精度の話です。豪ブリスベーン・タイムス紙の記事 Lost in translation: voice-to-text confounds users によると、用意された映像作品等の音声を機械に自動認識させたところ、かなり笑える結果になったとのこと。例えば・・・

Tom Hanks' Forrest Gump was a little confounded without anyone else's help, but voice-to-text's version of his well-worn line takes it to a whole new level.

Gump: “My mama always said life was like a box of chocolates. You never know what you're gonna get.”

Translation: “Oh mama it's dad last we'd like a box of chocolate you never know what you doing again.”

In Star Wars, Han Solo's comment, “Hey Luke, may the force be with you”, would have carried a little less weight if converted to text: “Hey Lou, we're working with you.”

プロの翻訳者が使う場合は高性能のマイクを使ったり、ソフトにユーザの声の特徴を覚えさせて認識の精度を上げたりすることで、かなり使えるレベルを達成できていると聞いています。ただ全てを機械に頼るのはまだ難しいですね。

2011年7月19日

なでしこ「頑張って」優勝。


なでしこジャパン、なんと優勝してしまいました!

ネットでは『風の谷のナウシカ』での予言、つまり「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」が実はなでしこジャパンの優勝を意味していたのではないかと盛り上がっていますが、なんにしても快挙です。私も早朝から頑張って起きて観戦したかいがありました。



ただ私が今回注目したいのは、以下のワシントン・ポスト紙の記事です。

Women’s soccer team embodies Japan’s post-disaster resilience

TOKYO — Like flags in a soccer stadium, the banners are everywhere across Japan’s tsunami disaster zone.

They often bear a single Japanese word — “ganbare,” which Japanese have been murmuring like a mantra ever since the March 11 disasters.

Interpreters and bilingual Japanese say that “ganbare” is one of the hardest words to translate: “Persevere,” “fight on” and “hang in there” don’t quite capture its deep significance.


But Japan’s women’s soccer team does.

一般人は翻訳・通訳という営みを数学のように正解は一つしかないと考える傾向があると私は思うのですが、「頑張る(頑張れ)」という表現一つをとっても、与えられた状況・文脈にピッタリ合う訳を探すのは実は結構難しいのです。少なくとも英語には「頑張る」のニュアンスを正しく全体的に含意した万能な単語は存在しません。ですから、その時々で「耐える」や「辛抱する」などと状況をみながら表現しますが、これだと我慢のニュアンスばかりが目立ってしまい、「頑張る」が表現する「前を向かって進む」または「強い決意をもって戦う」というニュアンスがかき消されてしまいます。

簡単に説明すると、「頑張る」という表現は意味の(解釈の)幅が広いので、情報の送り手と受け手の空気を読む力に強く影響されるのです。残業を命じられた会社員がボソッと「頑張るよ」とつぶやいたら、それは「やる気はないけど上司の命令だから我慢してやる」のか、「死ぬほど疲れてるけど、まあ大事な仕事だからベストを尽くさなきゃねー」なのか、判断が難しいところです。通訳者はその状況、話者の態度や表情、喋り方などを参考して訳を考えます。翻訳者は与えられた文字だけで空気(文脈)を読まなければならないので、解釈が難しいケースが発生するのも容易に想像できると思います。

そういう意味では、翻訳者・通訳者は当事者と同等またはそれ以上に空気を読めていなければならないと言えるでしょう(いつも頭をかかえていますが)。

2011年7月18日

笑える誤訳を集めた動画

世界各地の笑える誤訳(英語)を集めた動画です。説明するより観た方が早いです!



Special cocktails for the ladies with nuts あたりは最高ですね。シモですが。

2011年7月15日

The Interpreter's Launch Pad

Common Sense Advisoryナタリー・ケリー(Nataly Kelly)さんが中心となり、新しい通訳ニュースレター(月刊)が創刊されました。通訳関係のニュースやリソースをを集めた無料のニュースレターです。なんと(イマイチ萌えない)マスコットもいて、ツイッターとフェースブックとも連動しているようです。ソーシャル時代のニュースレターですね。

登録はこちらから。いま申し込むとケリーさんの著書である『Telephone Interpreting』の電子版が無料で手に入ります。

The Interpreter's Launch Pad

2011年7月14日

Newspaper Map で世界中の新聞を読む

地図上のピンの一つひとつがその地域の新聞のウェブサイトであり、クリックすると指定の言語に翻訳される読めるというサービスです。翻訳エンジンはグーグル翻訳ですね。

最初は世界中の紙の新聞をOCRで書き出して翻訳しているのかなと思ったりもしましたが(ちょっと期待してしまった)、やはりコンテンツはウェブ版に限定されているようです。ウェブサイトを丸ごと翻訳するサービスは何年も前からあったのですが、このように新聞社に特化してまとめられたのはおそらく初めてではないでしょうか。


Newspaper Map

これまで海外で大事件が発生した時は、PressReaderで新聞を購入していたのですが、これだと言語が限定されますし、「とりあえずなんとなく知りたい」程度であればNewspaper Mapはかなり使えるかと。地域別の見出し・特集記事等の比較研究にも便利かも。

2011年7月13日

ツイートをお手軽に自動翻訳

ツイッターのアカウントとリンクすると、ツイートにハッシュタグを付けて指定の言語に自動翻訳できるというサービスです。名前もそのままTranslate Twitter Tweetsだったり。例えば下のサンプルでは英語のツイートに #es(スペイン語) #ko(韓国語) #ja(日本語)とタグを付けてそれぞれの言語に翻訳しています。シンプルですが使えそうなサービスですね。


私も日本語→フランス語で試してみました。対応言語とタグは公式サイトに掲載されています。


このようなサービスが広く普及すると、災害時等の情報共有がますます容易になりますね。

Translate Twitter Tweets

2011年7月12日

沖縄キリスト教学院 同時通訳集中講座の資料

沖縄キリスト教学院が主催する同時通訳集中講座(8月2日~9日)で、私が授業で使用する動画と教材をアップします。クラスを間違えずに宜しくお願いします。

■上級クラス 日英逐次

現代アーティストの村上隆が「アーティストになる方法」を語ります。このシリーズは後に一冊の本(芸術闘争論)にまとめられたのですが、授業では動画で語られている内容のみを使います。重要な概念やキーワードを事前に確認してください。

受講者の中にはニコニコ動画を利用したことがない方もいるかもしれませんが、簡単に言えば動画にコメントを投稿し表示できる動画配信サービスです。コメントを非表示にするには画面右下の吹き出しの形をしたアイコンをクリックしてください。

村上隆の芸術実践論 第4回 「未来編」 1/2


村上隆の芸術実践論 第4回 「未来編」 2/2


なお、上級クラスは日英のみです。英日の予定はありません。


■初級クラス 英日逐次

米最高裁判所判事であるアントニン・スカリア(Antonin Scalia)についての番組です。こちらも重要な概念やキーワードを事前に確認してください。

Justice Scalia on CBS 60 Minutes 1/2


Justice Scalia on CBS 60 Minutes 2/2


■初級クラス 日英サイトラ

【特別対談】三島由紀夫の栄光と挫折

内容について質問などありましたらコメント欄に書き込んでください。

2011年7月11日

FIT World Congress 2011 in San Francisco

3年に一度開催されるFIT World Congressですが、今年は8月1日~4日の日程で、サンフランシスコで開催されます。短期間でしたが住んでいた時期があり、個人的に思い入れのある土地です。今はもうだいぶ変わってしまったのでしょうが。

International Federation of Translators - XIX World Congress

この夏は予定があるので行けないのですが、面白そうなセッションをいくつかピックアップしました(セッションリスト)。Ustream等での生配信はなさそうです。誰かツイッターで実況&まとめてくれないですかね。

AT-4 The Automation of Subtitling: The Launch of Newspeak?
CI-4 International Job Analysis for Medical Interpreters
HR-4 Translation Controversies in Officially Bilingual Countries: The Case of Cameroon and Canada
LG-9 Team Interpreting in the Courtroom and Compliance to the Code of Ethics and Professional Responsibility
LS-2 Translation Quality Standards
LT-13 The Intriguing Relationship Between Literary Translation and Creativity
NT-9 Translation Market Trends: What Freelancers Need to Know
TC-19 Linguisitic Relativity of Pronouns in Rakugo Translation
TE-1 Wikis in Translation Teaching: A Study
TT-6 Improving Translation Memory Systems Through Linguistic Knowledge
VR-3 Knowing What is Good: Conference Interpreters Performance Quality Criteria

金城学院大学の水野真木子さんもベニース事件について発表するとのこと。これについては私も思うところがあるので、最高裁の判決が出てから色々言おうかなと考えていたのですが、肝心の判決がいつになるのかわからないので、今ある情報だけで考えをまとめて発表するべきでしょうか・・・(鑑定書を読まないと何ともいえない部分があるのですが)

2011年7月10日

海賊フセインの裁判、通訳不足で開廷困難

日本ではこれまで特に問題にならなかった希少言語の通訳不足がついに表面化する事態になりました。私も一部関与している事件です。

海賊フセインの裁判、通訳不足で開廷困難
(6/28 NHKニュース)

オマーン沖のアラビア海で日本の海運会社のタンカーを襲撃したとして、自称ソマリア生まれの男らが海賊対処法違反の罪で起訴された事件で、被告らが話す「ソマリ語」の通訳を確保するめどが立たず、起訴から3か月近くたっても裁判を開くための手続きを開始できないことが分かりました。

この事件はことし3月、オマーン沖のアラビア海で商船三井が運航するタンカーが武装した海賊に襲われたもので、自称ソマリア生まれの、アブデヌール・フセイン・アリ被告(28)ら4人が海賊対処法違反の罪で起訴されています。

東京地方裁判所は、このうち4月1日に起訴されたアリ被告ら3人について、裁判の前に争点などを整理する手続きを先月から開始する予定でしたが、関係者によりますと、被告らが話すソマリ語の通訳を確保するめどが立っていないということです。

被告らが日本国内で起訴されるまでは、ソマリ語の通訳をつけて取り調べが行われ、裁判所は、ほかに通訳が見つからなかったため、起訴のあともこの通訳に引き続き、依頼しようとしたところ、弁護側が「中立性を保てない」と反対しているということです。

裁判所は「裁判が始まるのが遅れ、勾留が長引くのは、被告の人権上も問題がある」として、弁護側に理解を求め、一刻も早く裁判に向けた手続きを始めたいとしています。

希少言語の通訳者問題は、司法通訳制度が進んでいるアメリカでも重要な課題になっています。今回を機に法務省はヒアリング等を通じて本腰を入れて対策を練るべきでしょう。希少言語だからこそ、国内に限らず、隣国の韓国や中国、香港などに住む通訳者の登録も可能性としてあり得るかもしれません。法廷通訳人の登録には、現時点では特に試験はないのだから、コスト面を除けば登録の障害になる問題はないと思います。

2011年7月9日

ポーキーな翻訳者の集い in 東京

7月29日に六本木で@mamirockzさんとしゃぶしゃぶオフ会を企画しています。普段ツイッターでつぶやいている翻訳・通訳クラスタのみなさんが主な参加者になると思いますが、基本的にはかなりゆる~い会なので、ツイッターをやっていなくてもOKです(ただ下のリンクから参加申し込みをするにはアカウントが必要になります。Facebookアカウントでの登録も可能)。学生や志望者も参加ウェルカムです。

ポーキーな翻訳者の集い in 東京


豚組 しゃぶ庵

※タイトルは単なるシャレですので、あまり深読みせずに。

2011年7月8日

文芸翻訳検定

第1回文芸翻訳検定が9月17日に開催されるそうです。どんな検定かというと…

・ 文芸翻訳に必要不可欠な原語の読解力と、母国語の表現能力、一般教養のレベルを判定。
・ 文芸翻訳を勉強中の方、すでに職業としている方、あるいは分野を問わず一般の方々も、自らの語学レベルを認識できる。
・ 合格者には認定証を発行。
・ 準1級、1級に合格するとホームページでプロフィールをご紹介。
・ 1級合格の方は、プロの翻訳家として後援各社にご紹介。

やはり受験者としては「プロの翻訳家として後援各社にご紹介」の部分が一番気になるところでしょうが、3級、2級については来年(2012年)1月に実施予定の第2回検定より行う予定で、準1級以上は、2級合格者が受験対象となり、2012年5月の第3回検定より実施の予定とあります。

作家の椎名誠も審査員として名を連ねています。日本語表現の審査も厳しく、というところでしょうか(来年の1級試験までは出番はないのだろうけど)。

文芸翻訳検定

2011年7月7日

小児科での通訳(特に糖尿病)

先日、糖尿病の子供を持つ外国人クライアントに付き添って通訳してきました。なぜ民間(つまり基地の外)の病院に来るかというと、沖縄の基地の病院には内分泌科の専門医がいないので、インスリンの投与量調整等ができないのです。この状況が改善されない限り、今後も同じような通訳をお願いされる人が出ると思うので、とりあえず最低限知っておくべき知識をまとめておきます。

まずは受付でチェックインした後に、問診表の記入があります。

小児科外来問診表 琉球大学付属病院

百日咳、はしか、おたふくカゼ、喘息など、小児科であればどこでも必ず使われる用語です。Wikipediaの糖尿病ページと併せてきちんと予習しておきましょう。ちなみに沖縄に限って言えば、通訳の依頼は1型糖尿病の子供を持つ親からが大半です。なぜなら、米軍は2型糖尿病を持つ軍人の沖縄配属を認めていないので、これだけで2型糖尿病の外国人の数が激減するからです。

もう一つ重要なのが、養子の問題です。医師は必ずと言っていいほど「父親・母親の家系で糖尿病だった人はいましたか?」と質問しますが(そしてこれは非常に重要な質問)、患者である子供が養子の場合があるのです。子供の年齢によっては言葉の意味が分かる場合があるので、子供の前では話しにくい親もいます。その気配を感じたら、親だけをちょっとだけ外に連れ出して聞き出しても良いと思います。

日本の糖尿病治療は、技術的にはアメリカに10年ほど遅れをとっているそうです。例えばアメリカでは一般にも広く普及しているAccu-Checkのような技術も日本ではまだ市民権を得ておらず、日々の血糖値等を手帳にかかさず記入しなくてはなりません。この違いにかなり違和感を持つ親もいるので(日本の手法は技術的にはかなりアナログな感が否めない)、医師の説明を丁寧に通訳して安心させてあげましょう。

加えて、沖縄県では小児1型糖尿病患者を対象に補助金プログラムもあるので、日本の保険がない外国人でも100%カバーされる可能性があります。治療が長引くと医療費がありえない額になる可能性もあるので、この辺も医師と協力して説明してあげましょう。

通訳とは直接関係ありませんが、小児科での仕事で便利なのがキャラクターもののシールと食玩です。採血では泣き出したり悲鳴をあげたりする子供が少なくないので、ニンジン作戦で黙らせるのです(笑)。男の子だったらドラゴンボール、女の子だったらプリキュアあたりが無難でしょうか。

2011年7月6日

長期の案件が一段落。

2年以上も続いた通訳案件が先日めでたく終わりました。総額でウン百億円が動く案件で、厳しい交渉が続きましたが、クライアントの支援と心遣いで何とか乗り切れたという感じです。というのは、クライアントは世界有数のグローバル企業で、社内規定や技術情報の関係で事前に資料が頂けないケースも多々あったのですが(しかたないのですが)、現場の担当者が用語や背景・文脈について適宜サポートしてくれたのです。特に前回の会議から2ヶ月以上も空くと、前回話したこともほぼ忘れていますし、覚えていたとしても、2ヶ月で契約の諸条件がかなり変更されているという場合もあります。

契約書の署名式では担当者をはじめ、「実は通訳の人が一番たいへんだったねえ!ありがとう」と関係者の皆さんに感謝の言葉を頂きました。素直に嬉しいですし、これからの励みになります。クライアントのリーダーからは高級ブランドのペンも頂いてしまいました。私にはもったいないのですが…

私に高級ブランドは似合わないけど。

持つべきものは良いクライアントですね!(笑)

2011年7月5日

ABAの言語アクセス基準

American Bar Association(米国法曹協会)がついに本気を出したと言ったら大げさですが、司法現場における言語アクセスについて明確な立場を表明したのは大きな一歩です。過去にもそれらしきものはあったのですが、今回の基準は細部にわたって踏み込んだ内容だと聞いています。私も時間ができたらじっくり読んでみたいと思いますが、ザッと軽く目を通した第一印象は、裁判所が提供するべきとされる言語アクセスの範囲が広すぎるのではないかなということ。例えば37ページ(PDF42ページ)には以下のような文言が。

Persons with a Significant Interest in the Matter

Finally, there are LEP persons who have a significant interest in a matter before the court, even if they have no ”legally recognized” interest at stake. Examples include non‐testifying victims in a criminal case, tenants in a public housing complex in a legal action that affects their tenancy, members of a class action who are not lead plaintiffs, or family members of the victim or the defendant in a trial for murder or other aggravated offense. The court should inquire whether there are individuals in the courtroom who may be in need of interpreter services, and determine whether their interest warrants provision of language services.

要は法的当事者でなくても、訴訟の結果によって影響を受ける人はいるわけで、そういう人々にも裁判所は十分な配慮をするべきですよね、という内容。必ずしも無条件で裁判所が負担して通訳者を手配せよという内容ではないが、ちょっと記述が曖昧すぎて、解釈の余地を残すところです。

詳しくはこちらから。

ABA Language Access Standards Project

ドラフトのPDFリンクはこちらから。

ABA Standards for Language Access in Courts

2011年7月4日

通訳と非言語コミュニケーション

下記の記事がアメリカの通訳仲間のあいだで話題になっています(読み易さを考慮して改行を加えています)。政治的な事はおいておくとして、政府は手話通訳の使い方、具体的には手話通訳を利用する人間の立場を考えていないという話。

余録:どちらに逃げればいいのか…
毎日新聞 2011年6月6日 東京朝刊

どちらに逃げればいいのかわからない。手を引かれて高台にたどりつき初めて津波を知った人もいるという。避難所でも情報が届かず孤立しがちだ。そうした聴覚障害者にとって「3・13」は記念すべき日になった▲

首相官邸での官房長官会見に手話通訳が登場したのだ。弱者に優しい民主党の面目躍如である。ところが、この手話通訳付き会見、さぞや好評かと思ったらそうでもないらしい。「まったく理解できなかった」「少しだけ理解できた」という聴覚障害者が7割近くに上ったというアンケート結果がある▲

さまざまな理由の中で気になったのが「距離」と「表情」だ。通訳者が官房長官から離れて立っているのでテレビ画面には小さくしか映らない。そのため表情がよく見えないというのだ。手話の種類によって表情は文法と深い関係があり、手の動きを見ているだけでは意味が伝わらないという▲

話し言葉でも表情や声の調子は重要な役割を果たしている。どこにアクセントを置くかで「辞めない」は否定にも疑問にもなる。声や表情だけでなく相手との関係性によってもニュアンスは異なる。本当の意味を伝えあうためには、言葉の土台にある感情や信頼が重要なのだ▲

税と社会保障改革で野党に協議を呼びかけてもうまくいかず、電話で自民党総裁に入閣を要請し怒りを買う。不信任決議案をめぐる騒動もそうだ。野党時代は論客で鳴らしたはずなのに菅直人首相のコミュニケーション不全は深刻だ▲

首相並びに官房長官は「距離」や「表情」を考えてみてはどうか。手話に熟練した人は通訳の指よりも表情を見ながら意味を読むという。

話者の表情や身振り手振り、姿勢等の非言語コミュニケーションは通訳者にとって非常に大事なものです。サミットで首脳の顔を映すカメラがあるのは有名な話ですね。実は話者の表情が読めないだけでも、通訳の質に影響がでます。というのは、状況によっては話者が真面目なのか、単に冗談を言ってるのか、または冗談の含みがあるけれど主張自体は大真面目なのか、この辺の細かいニュアンスの理解は非言語コミュニケーションに頼る部分が大きいので、話者の真意が読み取れないと通訳者は踏み込んだ訳ができない。比較的無機質な、無難な訳に落ち着いてしまうわけです。

テーブル中央の物体は実はカメラ

手話通訳がどんなものか知りたい方は、とりあえずNHKの手話ニュースがお薦めです。こちらから放送時間をご確認ください。

2011年7月1日

英語同人誌「GEN」が創刊

ニューヨークに本社を置くGEN Manga Entertainment(GENは日本語の「原」で、原作やオリジナルを意味している)が月刊青年コミック誌「GEN」を創刊しました。編集長はアメリカ人、作家陣が日本人(といっても作家が英語に精通しているわけではなく、セリフなどは同社によって翻訳されている)であり、PDF形式で英語圏、特に北米市場を中心に展開する模様です。創刊号は無料でダウンロード可能。

GEN 原漫画

翻訳的に興味深いのは、作中の擬音語・擬態語の扱いについては、これまでは巻末に対訳リストを添付するのが一般的でしたが、GENは理解のスピードを重視して、コマの上下に訳語を配置していることです。これもリアルタイム性が求められる現代ならではということでしょうか。


元の日本語原稿は入手できないようなので翻訳の正確性についてはコメントできませんが、GENの挑戦で重要なのは翻訳の問題よりも、「日本の同人誌文化を英語圏に輸出できるか」だと思います。最初はキュレーターが必要なのかもしれませんが、今後は個人作家のネット配信も増えてくるかもしれませんね。