2019年4月20日

【執筆後記7】しくじり通訳人生

しくじりネタを数えはじめたら永遠に終わりそうにありませんが、この回を読み返していて思い出したことがあります。主催企業(A社としましょう……アップルではないですが)の製品以外は基本的に持ち込み禁止、ただし業務に必要な場合はブランドロゴをテープなどで隠して持ち込むように、とのお達しがあった中国でのIT系国際会議では、私はたまたま昔からA社の製品を愛用していたので問題なかったのですが、一緒に来た通訳者数名のノートPCはかなりガチガチに厳しく取り締まられて、もうロゴだけでなく端末全体にテープを貼られていました。ちょっとやりすぎじゃないかと思った私は、ささやかな抗議として、A社製品である私自身のノートPCのロゴもテープで覆いました(笑)。いまこうして考えてみると実にアホらしい抗議だなと思いますが、当時は結構ムカついていたような記憶があります。ブースの中で通訳者がどこの製品を使っているかなんて、誰も見ないし、興味もないでしょう……と。

バスの中での通訳ですが、実はもう何年もやっていません。理由はシンプルで、運転中のバス(というか、たぶん車全般)の中で集中して通訳をすると酔いやすい体質だということに気付いたからです。私だけではないかもしれませんがね。それに揺れるのでまともなノートも取れない。通訳者にとってはかなり厳しい業務環境です。



◆ちなみに昨日、友人の通訳会社からの突然の依頼で資料・情報なしで某現場に投げ込まれたのですが、担当者がなんと新著の読者だったという。最近はどこに行っても厳しく評価されているような気がするのですが、気のせいでしょうか(笑)。どこかに「関根は実はたいしたことなかった」と書かれていないことを切に願う!

2019年4月4日

【執筆後記6】白人の解釈、黒人の解釈

このエピソードですが、実は米国で仕事をしたとき、黒人講演者が「ニガー(nigger)」と冗談で口にしたことがあったのですね。白人が言ったら即座に人種差別者とレッテルを貼られて社会的にも抹殺されるでしょうが、黒人だと問題になることはありません。黒人を差別する意味合いで使う黒人はいませんから。ですが通訳者としてはとてもビミョーな立場になります。雰囲気を損なわずに冗談を伝えるにはニガーと言わなければならないし(それで笑ってもらえるかは別問題ですが)、でも黒人ではない自分としてはそれを口にするのは違和感がある。難しいところですね。

「新しい訳は現場で試す」の部分ですが、別に現場を壊すような突飛な訳を試しているわけではありません。一般的には、たとえば英語の新しい概念に対して日本語訳を付けて、聞き手の反応を見てその後の対応を考える、ということです。ここ4~5年でいえばenablerが代表的かもしれません。今でこそそのまま「イネーブラー」と出して通じますが、5年前は「〇〇を実現する重要事項」とか「成功要因」など補足を加えて訳していた気がします。今考えると笑えますが、sexual harassment という言葉が出てくるたびに「性的嫌がらせ」と訳していた時代もあったのですよ!


2019年4月1日

【執筆後記5】わかるまで、つなぐ

「わかるまで、つなぐ」のは通訳者であれば程度の差はあれど、誰でもやっていることです。どこか誤魔化しているような印象があるので胸を張って認める人はあまりいませんが。通訳者だって人間なので、未来を読めるわけはありません。きちんと資料を読み込んで、事前に打ち合わせをしても、ひとたび講演者が思いっきり脱線して10年前のルワンダ奥地での個人的出来事を話し始めたら、ピタリと並走するのは至難の業。ときには考える(または必要な情報を待つ)時間を稼ぐことだってあります。経験を積むほど、このつなぎ方が絶妙になってくるので、聞き手は通訳者が考える時間を稼いでいることにする気付かないこともあるでしょう。

CliffNotesのエピソードですが、これは私が東京に引っ越したあと、一時期頻繁に組んでいた女性通訳者の話です。とても上手くて、「東京の通訳者がこんな人ばかりだったら私はとてもやっていけないなあ……」と思ったものです。某コンサル会社の難しい案件のときも、足を組んで余裕で訳していました。些細なことかもしれませんが、同通で足を組みながら訳すって、よほど余裕がないとできないことなんですよ。いまは結婚されてほぼ引退されているようですが。もったいない!