2018年3月25日

二流の悲しさを知っているか?

1週間前にアルクの編集者と食事をした際に、囲碁の話になった。15年ほど前、私はなにかのきっかけで(そのきっかけ自体を忘れてしまったのだが)囲碁を始めてのめり込んでしまったのだが、始めてから気づいたのは、囲碁は集中力の強化・維持にとても役立つことだった。

いや、正確には囲碁が……ということではなく、将棋でもチェスでもなんでも良いのだと思う。辛抱強く、長く深く考えることを求められることであれば。今思うと、囲碁にハマっていた時期が純粋な集中力という意味では私のピークだった。

アルクというと英語教育やTOEIC等の試験対策書籍のイメージが一般的に強いし、私も実際そう思っていたので、囲碁関連の書籍もあるのだと聞かされて驚いた。そして曺薫鉉(チョフンヒョン、日本語読みは「そうくんげん」)の本だと聞いてもっと驚いた。英語教育と絡めてマイケル・レドモンドあたりかと思えばそうではなく、史上初の国内七冠達成で日本囲碁界を沸かせた井山裕太でもない。玄人好みの曺薫鉉、年季が入った囲碁ファンでないとおそらく知らない曺薫鉉である。

世界最強の囲碁棋士、曺薫鉉(チョフンヒョン)の考え方

私は木谷實と呉清源に憧れて長野の山奥にある地獄谷の温泉宿に一人で泊まりに行ったくらいなので、当然曺薫鉉についても知っていたが、彼の師匠である瀬越憲作との関係については本書を読むまで知らなかった。なかでも、師匠が弟子の曺薫鉉にかけたこの言葉が心に突き刺さる。

「二流は悲しい。くんげん、この道をいくなら一流になれ。そうでなければ人生はあまりにも哀れだ」

今になってやっと一流のタマゴになりかけてきた私だが、昔は間違いなく二流だった。私は二流であることの惨めさ、恥ずかしさ、悲しさを知っている。だから駆け出しの頃は文字通り睡眠時間を削って勉強したし、誰も手をつけない面倒な仕事を積極的に受けて腕を磨いてきた。二流である自分への怒りもモチベーションとしてあったと思う。この惨めな状況から這い上がってやる、という気持ちが常にあったから今の自分があると思う。

私がかつて教えた翻訳者・通訳者には、この「二流の悲しさ」をよく理解していなかった人が少なからずいた。一流になるための努力を怠っている人もいた。だからいつまでたっても凡ミスが絶えない者には「こんなバカなミスいつまでも繰り返してるんだったら、やめちゃえば?」と真顔で厳しく言ったこともある。だいたいこれがきっかけで関係が終わるというか疎遠になってしまうのだが、私はそれでいいと思っている。向いていないのであればさっさと見切りをつけてもっと自分に合った何かを見つけるべきであるし、私を見返したいと思って努力をするきっかけになればそれでもよい。

二流であり続けることを良しとするのが一番悲しいのだ。

2017年12月27日

講演とか講師業とか。

冬休みは長文を書く時間がないので(=やる気ゼロ)、簡単に。

1.講師業はじめました(冷やし中華風に)。いや、実際は昔からやっているのですが、ここ数年は忙しすぎて手が回らなかったというか。秋に原不二子先生とブースで一緒になったあと、縁あってディプロマットさんで1回教えました。また忘れた頃に教えるかもしれません。2時間教えるのって、正直、同通するより疲れるので、条件面だけを重視したら絶対にできない仕事なのですが、教える側も学ぶことが山ほどあります。ただ、技術レベルに差があると上手く教えるのが難しいですね。それに同時通訳がうまくなる一番の近道は逐次を死ぬほどやってレベルアップすることなんですが、やはり「同時通訳科」や「会議通訳科」というコース名だと同時通訳の練習をしないと学校も生徒も納得しない?的な空気があるというか。うーむ。

来年1月11日には立教大学で講演します。久々に英語で翻訳技術について話すらしい(らしい?)。

2.日本会議通訳者協会(JACI)のイベント、今年も山ほどありました。ロンドンとシンガポールで通訳者食事会を主催し、秋には京都で日本酒を通訳するイベントも。

11月にはJTF翻訳祭で白倉淳一理事と学術会員の松下佳世さんが通訳に関する講演を行いました。そうです、チャラいのは僕だけで、他の会員は真面目で有能な方ばかりですよ。

来年はとりあえず以下が決定しています。

1月13日(土)大阪通訳ワークショップ「建築通訳を学ぼうー専門用語もこわくない!必要な知識から表現まですべて教えます!」
『建築現場は今日も晴れ!』連載でおなじみの仲田紀子さんが特別ゲストを交えて建築業に必要な知識を惜しみなく共有します。これは必見!

2月4日(日) 札幌通訳ワークショップ
昨年に続き2度目の札幌イベント。今回はフリィ・マクウィリアムスさんとタッグを組んで実践的な内容を教えます。札幌のみなさん、フリィが教えるなんて滅多にないですよ!これがチャンスです!

2月8日(木) JTF翻訳セミナー 
・高橋聡さん&松丸さとみさんが翻訳サイドを、私が通訳サイドを担当して、翻訳と通訳の思考プロセスを比較するイベントです。実験的ですが、ハマったら面白いかな?

2月10日~11日(土日) 広島通訳合宿
7月に箱根で初開催した合宿ですが、今度は広島に遠征します。朝から晩までガチな講義&討議を用意しています。この値段でこの内容はおそらく日本ではJACIしかやってません!↑諸事情によりキャンセルになりました。

6月9日(土) 同時通訳グランプリ
申し込みはすでに開始していますが……学生の部と社会人の部(デビューから3年以内)を設けています。4月中旬に予選、6月9日にファイナルを開催。同時通訳の新人王決定戦です。おそらく日本初の試みなので、興味があれば臆せずぜひ御参加ください。

8月25日(土) 日本通訳フォーラム2018
年明けにアナウンスしますが、来年もアッと驚くプログラムを用意しています。Stay tuned!

3. JACIでは新連載も色々とスタートしてます。

柴原早苗「放送通訳の世界」
柴原さんには「放送通訳に関するすべてを書いてください。永久保存版を!」とお願いしています。初回のみ一般公開です。JACIの年会費は5000円とお得ですからこの機会にぜひ。

知念徳宏「聖書に学ぶ英語表現と精神世界」
通訳現場ではたまに聖書からの引用とか、キリスト教に関係ある表現が出てきたりするのですが、それについて背景知識があったらもっと上手く訳せるよね、と知念さんと話したのがきっかけで生まれた企画です。会議通訳者でありながら、ガチの牧師さんです(笑)。こちらも初回のみ一般公開。

通訳者・関根マイクの業界サバイバル・ガイド
私が通訳を始めた頃に知っておきたかった業界の暗黙的ルールとか、しきたりとか、市場での振る舞い方とか、通訳技術以外のすべてを書くつもりです。名前が入ってると冠番組みたいでいいですね(笑)。アルクさんのサイトで連載。

通訳翻訳研究の世界
松下佳世さんが最新の通訳研究、山田優さんが翻訳研究を庶民にもわかる形で説明するという企画です。学者が一見難しそうな学術研究について一般市民にもわかりやすく説明するってのは、オルテガが自分の思想をわざわざ新聞で発表していたところにヒントを得ています。イカロス出版の『通訳翻訳ジャーナル』で連載中。3か月遅れで一般公開します。

通訳者・翻訳者の子育て
文字通り、翻訳者・通訳者はどうやって子育てをしているかという話。みんな苦労してますね…… イカロス出版の通訳翻訳WEBで連載。

来年もがんばりますよ。そんじゃーね。←某評論家風

2017年10月8日

フォーラム2017年のアンケート結果について。

おかげさまで、今年もなんとか日本通訳フォーラム2017を無事に終えることができました。通訳業界を代表する研究者・実務家を集めてこのようなイベントを開催できるのは今でも夢のようです。今や名実と共に業界を代表する一大イベントとして認識されつつあるようで、素直に嬉しいなと思う反面、来年以降も頑張らなくてはなあ、とプレッシャーも感じています。まあ、楽しいからやってるわけですが。

さて、イベントから1か月半経過して、今年の参加者アンケートの回答もぼちぼち集まってきたので、いくつかコメントしたいと思います。これまでは(第1回と第2回の分も含めて)とても忙しくて、コメントしたくてもできなかった!ポジティブな意見も山ほど頂きましたが、今回は主に改善点を指摘する意見だけを抽出して私の個人的な見解を述べたい思います。

1.毎回、講義の初めにPCとスライドの操作で問題が起きていたので、次回は改善を。

すみません(泣)。日本通訳フォーラムは学生も含めて多くの関係者に気軽に参加いただけるように、参加料を損益分岐点にとても近いラインで設定しています。要は、金儲けでやっているわけではありません。スタッフは全員ボランティアですし、事前に機材等のリハーサルを行うには部屋の追加料金がかかるので、これも行っていません。その意味ではすべてぶっつけ本番なわけなのですが、来年以降は休憩時間を少し多めにとって対応したいと思います。対応力を上げるためにチケット代も少し高めに設定するかもしれません。

2.会議の映像を一般参加者にも見られるようにして欲しい。

講演者とは「会員限定アクセス」で合意しているので、動画視聴を希望の方には入会をお願いしています。というか、会費はとてもお手頃ですよ。

3.講師によっては、英語しか想定していないような話し方をされるところがあったりましたが、英語以外の言語通訳者も来ているということを頭の片隅に入れていただけるとありがたいなと思いました。講師は英語がご専門の方々なので内容はもちろんそのままで構わないのですが、「みんなもわかっていて当然」という態度をされてしまうと専門外の身には少々残念に感じます。

英語専門の通訳者は英語しかわかりませんし、データによると参加者の大多数が英語で活動をされている方なので、必然的に英語中心になってしまいます。これはしかたありません。講演者も「みんなもわかっていて当然」ではなく、「会場の大多数が英語通訳者なのだから、その人に向けて話すのが効率的」というスタンスだと思いますし、私もそれで良いと思います。

とはいっても、英語以外の言語も忘れてはいません。来年以降は英語以外のイベントを増やしていこうと理事会で検討していますし、フォーラムでもなにか英語以外のセッションをもてないかなとも相談しています。興行的な要素もあるので(良いイベントをやっても赤字垂れ流しでは意味がない)、今後調整していきます。

4.講師の方に、"通訳を職業としていない一般人"も参加している旨、お伝えいただければと思います。たぶん全講師が、聴衆はすべて通訳者であると勘違いされているようですので。。。

これは3と同じで、来場者の大多数が現役の通訳者か通訳学習者だからですね。講演者にはそれを意識して話してほしいと実行委員会から伝えています。今後も(来場者の傾向が変わらないかぎり)これが変わることはないと思います。

5.基調講演の会場が場所によって空調の差があったと思いました。

これは本当に申し訳ありません。会場の空調が故障していたと実行委員会も直前になって知りました。開催日が土曜日で、故障したのが金曜夜の別のイベントだったので、会場管理側が連絡をとれなかったとのこと。偶然が重なって対応できませんでした。

6.参加人数が多いため、会場のキャパについて見直したほうがいいのではないかと思いました。

これは興行的な問題でもありますね。実行委員会としては可能な限りお手頃な価格で多くの方に参加してもらいたいと思っていますが、大きな会場を借りるとどうしても会場費が高くなります。そして結果的にチケット代も上げなければなりません(チケット代が2万円だったら来場者はグッと減ります……)。現在はこのバランスをどうとっていくかを検討中です。もっとお手頃な会場も探しています。

7.欲を言えば、AとBの部屋がもっと近ければスムーズに移動できたと思います。

これも検討中です。来年のフォーラムはこれを改善したいと思います。保証できないのが難しいところですが(泣)。

しかーし!来年のフォーラムの基調講演者には超ビッグネームが確定しています!色々問題はあるし、改善点も尽きないですが、Content is Kingという真理を忘れずに価値あるプログラムを組んでいきたいと思います。

2017年10月7日

仮想通貨(暗号通貨)を猛スピードで勉強中。


いま仮想通貨を猛烈に勉強中です。英語ではcryptocurrencyと呼ばれるのが一般的なのですが、なぜか日本のニュース等では仮想通貨と呼ばれることが多いので、ここでも仮想通貨と書きます。

仮想通貨の存在はMt.Gox事件の少し前から知っていましたが、テック系ギークが色々やってるね程度の認識でしかなく、特に注意はしていませんた。Mt.Goxの事件が発生してからは、「あんなのにカネを出すのはバカしかおらん」と思っていました。

その認識も、土方奈美さんの『デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語』を読んで変わりました。とても丁寧に読みやすく訳されていたので訳書嫌いの私も最後まで一気に読めたというのもありましたが、とにかくビットコインの歴史が面白い。そしてビットコイン、いや仮想通貨を支えるブロックチェーンは今や一部で「インターネット以来の革命である」と言われています。

ブロックチェーンは「あらゆる人の未来」を変える、という話(WIRED)

そんな中、私にも仮想通貨やFinTech関係の案件が多数入ってくるようになりました。それまでは「ブロックチェーン」と聞いたら「ん?ジャッキー・チェンの知り合い?」程度の理解だった私ですが、仕事上のニーズも重なって勉強する必要性に迫られたわけです。今年の7月くらいから本格的に基本書を読み始め、ネットでのリサーチも継続し、痛い目にあわないと何も学ばない経験主義者らしく9月からは仮想通貨に投資もしています。

別に投資なんかしなくてもいいわけですが、IR通訳を勉強していたときに実際に投資した方が勉強の効率が上がるとわかっていたので、今回も庶民的には結構な額を突っ込んでいます。落合陽一も言ってましたが、身銭を切ると一所懸命になるってやつですね(笑)。現在はとりあえずの基軸通貨(らしき存在)であるビットコイン、イーサリアム、そしてリップルを保有しています。5年くらいのスパンでどうなるか観察していきたいと思います。この分野は本当に勉強していて面白い。大きな可能性がそこにあります。

ちなみにイーサリアムについては最近でたこの記事がヒントになるかと。スマートコントラクトは大注目です。リップルが提供するサービスは従来の複雑かつ高コストな国際送金に代わる手段を評価されており、グーグルの子会社である投資専門会社「グーグルベンチャーズ」が出資したことでも知られ、日本の三菱UFJ銀行を含む世界各国の主要銀行がその決済能力に魅力を感じてプロジェクトに参加しています。

さて、仮想通貨といえば、ここがチャンスとばかりに詐欺的なICO(initial coin offering)も増えています。タイからなんかエライ人がきて講演するからコイン買えだの、期間限定でコインをセールしてるだの、日本初のICOがうんたらかんたらとバカでも詐欺だとわかるコインが雨後の筍のように出てきています。みなさんも購入する際には色々とちゃんと調べてくださいね。

2017年10月3日

ポッドキャストの更新。

最初は移動時間の有効活用としてポッドキャストを聴きはじめたのですが、気付いたらもう6年近く経過しました。現場に向かう電車の中で聴くと耳と思考とウォームアップにもなります。今回は2016年から自分のリストに追加したチャンネルの中でも特にお気に入りのものを5点紹介します。


アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンから現在のトランプ大統領まで、歴代の大統領について、あまり知られていないエピソードを交えながら紹介します。人間としての大統領にフォーカスを置いています。夏にワシントンDCで2週間近く仕事をしたのですが、毎日の通勤時に聴いていました。TPOってやつ?


米国最高裁判所についてのポッドキャスト。私のような最高裁マニアにはたまりません。ストーリー重視で、最高裁の成り立ちや、意見が真っ二つに割れた重要なケースなどをとりあげます。個人的にはAdoptive Couple vs. Baby Girlのエピソードが印象的。最近、シーズン2がスタートしました。


イタリアンマフィア好きな人にはお薦めです。プロビデンスを揺るがした大事件と賛否両論の市長、Buddy Cianciを中心に展開していくのですが、実際の当事者が語る部分が結構多いのでリアリティがあります。登場人物が多すぎて途中で混乱してしまうかもしれませんが、事件の規模が大きいのしかたないですね。あと、イタリア英語の聞き取り練習にもなります(笑)。


米国企業を中心に、どんな苦労をして起業し、今の成功に至るのかを創業者本人から聞く番組です。個人的にはビールのSamuel AdamsやAmazonの買収でいま話題のWhole Foods、またはVirginグループが羽ばたく前に潰れそうになったとか、知らなかったエピソードが多かったので驚きの連続でした。

Homecoming

日本でいえばラジオ小説(古いか……)のような位置づけかもしれませんが、こちらはいつでも聴けるという利点がありますね。Catherine Keener / Oscar Isaac / David Schwimmerと個性的な俳優(ポッドキャストだから声優か?)を並べている点にも注目。今までポッドキャストといえば無名だけど面白いことをやってる人が多い世界だったけれど、これを機会にハリウッドの有力者が参入してくる……かも?

2017年5月31日

スパルタンレースで心が折れそうになる。

27日(土)に日本初上陸したスパルタンレースに参加してきました。こちらの記事のように体験談もアップされています。

「いくら障害物があるっていっても、7kmなんて余裕でしょ」と完全に舐めてかかってましたが、心も身体も砕けそうになりました(笑)。特に40キロのサンドバッグや鉄球、砂利一杯のバケツなど重いものを持って走る(私の場合は歩く)系は腰にきますね。4日後の今も腰が痛いです・・・

運動不足なのになぜこんな無謀なことをしたかというと、クライアントが実行委員だからです。お世話になっているので最初は接待みたいな感じでエントリーしたわけですが、実際にやってみると、楽しい。これはハマる。大人になると泥だらけになる経験なんてまずないし、苦しんでいるのは自分だけではないので、なんとか一緒に頑張ろうという気持ちになるわけです。

次のレースは10月です。通訳者仲間を数名集めて、「チーム仮予約」で出場したいと思います!

2017年2月7日

メインメッセージに基づいた訳の具体例。

一昨年、昨年と名古屋外国語大学大学院で通訳を教えてきました。といっても私は学者ではないので、100%実践的な内容です。ときおり翻訳も交えながら、通訳的な思考の方法とか、詰まったときにどう逃げるとか、現場で役立つ内容ですね。一部同じような内容をつい数日前、日本会議通訳者協会の札幌ワークショップでも話しました。特にメインメッセージにフォーカスをすれば、枝葉が落ちていてもコミュニケーションは破綻しない、という話をしたのですが、この部分はもう少し具体的な説明が必要かもしれません。

人間の知識と記憶には限界があります。どんなに上手い人でも必ずど忘れをする日は来ます。重要なのは、たとえど忘れしても、きちんと対応できるメカニズムがあるかどうか。つまり、プランBやプランCが思考回路にあるかどうかです。具体例を挙げましょう。

ある時、某省で逐次通訳する機会がありました。そこで、A国の行為について、日本の外務大臣がA国の大使に抗議した、という発言があったのですが、私はこの「抗議」という言葉の英訳をど忘れしてしまいました。本来であればこのようになるでしょう。

原文: 本件について外務大臣はA国大使に抗議した。

訳文A: The Foreign Minister protested to the Ambassador...

Protestは小学校低学年でもわかるような基礎的な単語です。でも思い出せないので、訳の導入を少し工夫して、「抗議」の表現が後の方にくるようにして時間を稼ぎ、訳出しながら思い出そうとしたのですが、どうしても出てきません。しかたないので最寄りの訳(本来であればもっと意味が近い訳があるはずだが、思い出せないのでそれに最も近い訳を出す)でこのようにまとめました。

訳文B: The Foreign Minister expressed his displeasure to the Ambassador...

厳密には訳文Aの方が当然良いのですが、Bでも外務大臣が快く思っていないことは十分に伝わっています。通訳を学び始めたばかりの人はこのような訳をすぐに思い出せないかもしれませんが、通訳では話者が使った単語を必ずしも使う必要はありません。大事なのは、話者が話した内容を頭の中で絵として描けているかどうかです。抗議するということは当然良く思っているはずがない。訳文Bはそれを表現しています。

この現場では、私が辞書で「抗議」の訳を辞書で引く前に、話者がもう一度「抗議」という言葉を使いました。休憩があったら調べていたのに……(泣)

まだ思い出せない私は、前回とはまた違った表現で訳出しました。

訳文C: The Government of Japan was not pleased with the incident at all, and the Foreign Minister communicated this to the Ambassador...

日本政府は本件について快く思っていない、と前置きした上で、外務大臣はそれを大使に伝えた、と表現しています。まあ、普通に考えれば抗議と解釈されるでしょう。訳文Bと同じように訳さなかったのは、この時の話者の文章構築が前と異なっていたのが大きいと思います。それに、これは意訳なので、前と少し異なる訳にした方がリスクヘッジできるという考えが無意識に働いたのかもしれません。

特に焦るわけでもなく自然に訳したので(脳内ではかなり焦っていたけど)、通訳を聞きなれていない人には私が「抗議」をど忘れしたことはバレていなかったと思います。メインメッセージをがっちり掴んでいるとこういう訳ができるという例です。

2017年2月2日

通訳者のメンタルトレーニング、完結。

東京に引っ越してきてから新規開拓やら、通訳団体立ち上げやら、ポーカー大会やらで忙しくしている中、完全に放置プレイとなっているこのブログですが、ぼちぼち更新していこうかなと。

通訳翻訳ウェブで連載していた『通訳者のメンタルトレーニング』ですが、年末に予定通り完結しました。個々の原稿は遅れ気味だったので編集担当もかなりメンタルが削られたことでしょう。今後は色々と執筆活動を増やしていくつもりなので、専用タブもちゃっかり用意しました。
 
執筆コンテンツ

とりあえず次は、旧通訳翻訳ウェブで発表したノートテイキングに関するコンテンツを復活させようかなと。もう消えてからずいぶん経つのですが、今でもメールでリクエストが来たりするので。まあウェブ上にノートテイキングに関する情報はほぼゼロなので、需要はあるのでしょうね。

日本会議通訳者協会の公式サイトでは会員限定でデポジション通訳に関する連載を始めました。今後は技術的なことや、法廷速記者、ビデオグラファー、弁護士などのインタビューも掲載する予定です。

2016年10月17日

東京外国語大学のイベント

東京外国語大学の鶴田知佳子教授にお誘いを受けて、金曜日に開催されたイベントに参加してきました。

午後4時からは同時通訳付き講演会「洋の東西往ったり来たり」に滑り込み参加。実は今回は通訳を“雇う側”の意見も聞きたかったので、元通訳コーディネーターの友人も誘って潜り込みました。

当たり前ですが、スキルに個人差はあります。すらすら訳出する人もいれば、すぐに息切れして言葉が続かない人もいる。5分交代でまわしていたようですが、やはりまだ経験不足というか同時通訳に必要な脳筋力(集中力)が鍛えられていない人が多かった。

ただ、「現場経験がない学生だからなあ」なんて最初は甘くみてましたが、実際に聴いてみるとそれなりにまとめてくる学生もいて、とても流暢な英語を喋る学生もいたので驚きました。国内の日英通訳市場で活動している通訳者できれいな英語を喋る人は意外に少ないので、この点でもう得していると思います。6人中2人はあと1年みっちり修行すれば現場に出られるレベルになるかな?というのが個人的な感想です。

訳がなかなか出なかった通訳者もいましたが、これは誰もが通る道なのでとにかく耐えて、そしてもっと勉強して経験を積んでくださいとしか言いようがない。私の場合は独学でしたが、これは当時私がおかれていた状況では他に手段がなかったからであって、本来であれば大学院や専門学校で勉強したかった。その意味では、外語大の学生は素晴らしい環境で学んでいるわけですから、めげずに前を向いて歩み続けてほしいです。

さて、講演後はすぐに別室のリオスタディーツアー報告会へ。日本人が活躍しなかった競技を担当した学生はあまり通訳ができなかったようですが、とても充実した日々を過ごしたようでした。時には深夜まで対応した方もいたとのこと。お疲れ様です!

このスタディツアーに関しては、一時はネットでかなり叩かれていたので通翻業界で仕事をしている人であれば覚えていると思います。

東京外語大が学生ボランティアをリオオリンピックに派遣 ネット上で「待遇が悪すぎる」と批判の声

リオ五輪自腹30万学生通訳ボランティアに疑問の声
 
この件については私は当初からツアー賛成派でしたが、ネットでは業界人も含めて反対派が圧倒的多数のような雰囲気だったのでずっと静観してきました。なにか言ってもどうせ「黙れこのブラック企業の手下め!」みたいな感じで片付けられてしまうのがネットですからね。まあでもせっかくこの報告会に参加したので、私の意見もはっきりさせておきましょうか。

五輪は世界中から人々が集まる、そして世界中の人々が注目するスポーツの祭典です。普通に暮らしていたら五輪で通訳することなんて一生ない。プロの通訳者だって五輪を経験した人は少ない(実力はもちろんだけど、運の要素も結構ある)。もし私の子供が通訳を目指していて、そんな貴重な機会がめぐってきたら、自腹で30万どころか100万払ってでも体験させていたと思います。それだけの価値があると思うし、若い頃にしか学べないことがあるから。批判者の多くは「通訳者を目指す学生の目線」が欠落していたと私は思うのです。私が学生の頃にこのような機会があったらたぶん親のカネを盗んでせっせとダブルシフトでバイトして稼いで申し込んでいたことでしょう。

きちんとすべての条件が事前に開示されて、ボランティア側がその条件に納得するのであれば私はなんの文句もありませんし、誰もつべこべ言う筋合いはないと思います。「こういうことがあるからプロ通訳の報酬が下がる~」「リスペクトが得られない~」なんて言ってる業界人もいますが、そもそも五輪は継続案件ではないし、学生はプロの通訳者ではないので、この比較は意味がない。それにこの世界は基本的には実力勝負なので、報酬が下がるのはビジネススキルも含めてその人の実力がないからだと私は思います。

あと、参考までにこれを。

曽我さん帰国チャーター便、日航と全日空が1円入札 -2004/07/17

プロだってカネがすべてとは限りません。ビジネス戦略は色々あります。日航と全日空が宣伝効果を見込んで1円で入札したように、プロ通訳者もたとえば戦略的に五輪を無料または格安でうけて、それで実績表に箔をつけて他の案件で稼ぐ、というやり方もあるのです。「先行投資」ですね。ツアー批判者はこのあたりのエコノミクスを理解していない印象です(独禁法違反じゃないか、というツッコミが飛んできそうですが、その話を始めると長くなるので機会があればまた書きます)。

2016年10月2日

【日本通訳フォーラム】イベントレポートが公開されました

【イベントレポート】日本通訳フォーラム2016

日本通訳フォーラムの後援もして頂いたイカロス出版株式会社さんが、同社が運営する通訳翻訳WEBでイベントレポートをまとめてくれました。これはありがたい&ファンタスティック!編集部の渡邉絵里子さんと松山悠達さんに感謝です。

今年のフォーラムは昨年に続き、本当にメンバーに恵まれました。昨年のフォーラムを経験した園木美緒さんと大竹純子さんは準備プロセスを通してベテランの力を発揮してくれましたし、協会理事の白倉淳一さん、岩瀬かずみさん、佐藤由香さんもしっかりと脇を固めてくれました。講演者リクルートで大活躍の高畑誠一さん、イベント当日は機敏な動きでみんなをアシストしてくれた小野陽子さん、大阪から駆け付けた神山真紀子さん、北海道(!)から参戦の木島里奈さん、多くの来場者に素晴らしいMCを評価された佐藤梓さん、そして知る人ぞ知る中国語通訳者の橋本佳奈さんの貢献も大きかった。これぞ全員野球ですね。来年もほぼ同じメンバーで臨むことになりそうなので安心です。

来場者数は初年度は100名ちょい、今年は152人でした。絶対にニーズはあると前から思っていましたが、こうして具体的な数として証明できて嬉しいです。このイベントはリーンスタートアップ的な手法で運営している(と僕が勝手に思い込んでいる)ので、参加者から見たら至らない点が結構あると思うのですが、最終的な責任はすべて私にあります。私を嫌いになっても、日本通訳フォーラムを嫌いにならな……あれ、どこかで聞いたな。

日本会議通訳者協会は通訳者による通訳者のための団体です。真面目なことは真面目にやる。遊ぶところはしっかり遊ぶ。やれることはやるし、やれないことはやらない。なんだか角栄っぽいですが、結局はこれです。今後も価値あるイベントやコンテンツ、そして他の様々な社会活動を通して、通訳者の心を一つにし、業界の発展に寄与したいと思います。よろしくです!

ちなみに当日のセッション動画はすべて会員限定で公開されています。入会はこちらから!