2012年12月17日

出版社の武田ランダムハウスが破産

アインシュタイン伝記の機械翻訳事件で話題になった武田ランダムハウスが破産です。やはりあの事件の影響が大きすぎた感がありますね。
出版社の武田ランダムハウスが破産、負債総額9億3千万円

 出版社の武田ランダムハウスジャパン(東京都千代田区)が東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたことが17日、分かった。東京商工リサーチによると、決定は12日付で、負債総額は9億2600万円。

 米国の出版社ランダムハウスと講談社が平成15年、対等出資の合弁会社、ランダムハウス講談社を設立。しかし、22年に合弁を解消し武田ランダムハウスジャパンに社名変更した。

 合弁解消以降は大きなヒットに恵まれなかったほか、昨年8月には物理学者アインシュタインの伝記を翻訳した本の中で、コンピューターの自動翻訳をそのまま掲載したような記述が多数見つかり、回収騒ぎになっていた。
主な誤訳はこちらにまとめられています。

アインシュタインの伝記のひどすぎる誤訳

アマゾンのレビュー欄には今も訳者の事情説明が。

訳者からの事情のご説明

で、こちらはネットで公開されている機械翻訳部分のコピーです。 参考までに。

第13章 さまよえるシオニスト

みなさん、機械翻訳のご利用は計画的に!(アコム風)

2012年12月13日

EU、単一特許制度を導入へ 翻訳費用など削減

やっときたか、という感じ。
EU、単一特許制度を導入へ 翻訳費用など削減
 
【ブリュッセル=御調昌邦】欧州連合(EU)は11日、2014年に単一の特許制度を導入する方針を正式に決めた。企業や個人が英語、フランス語、ドイツ語のいずれかで申請すれば、ほかの国でも特許を認める。これまでかかっていた翻訳や各国での手続きなどの諸費用が約7分の1になる。  

欧州議会が11日に単一特許制度を承認し、1960年代に検討が開始された議論が決着した。今回の決定ではイタリアとスペインが自国の言語での申請が認められずに反対したことから、当面は両国を除いたEU25カ国での制度となる見通し。  

これまでは欧州特許庁(EPO)から特許を取得したうえで、発明品などを保護したい国ごとに翻訳や必要な行政手続きをする必要があった。手続きの簡略化により約3万6千ユーロ(約385万円)かかっていた費用が約5千ユーロで済む。米国(約2千ユーロ)に比べると依然として割高だが、一気に差が縮まる。欧州委員会は単一特許制度の導入により、欧州での特許申請件数が増えるとともに、費用削減で欧州企業などを支援できるとみている。
ただ、普通に考えれば、新制度導入により特許翻訳の需要は減少することが予想されます。日本でも経営的に厳しくなる会社が出てくるかもしれませんね。

2012年12月12日

法と言語 学会2012 年度年次大会

法と言語 学会2012 年度年次大会

■日時

12 月15 日(土) 午前9:30 受付開始 (大会プログラムは10:00 開始)  

■会場 

明治大学駿河台キャンパス 1115教室 (リバティ・タワー11階)
アクセスマップ 
キャンパスマップ 

■プログラム

<シンポジウム> (10:10-12:00) 「法と言語研究の展開」  

企画者     堀田秀吾(明治大学)  

パネリスト   
小林史明(明治大学、法哲学・法と文学)   
札埜和男(京都教育大学附属高等学校、社会言語学・法方言学)   
原大介(豊田工業大学、言語学・手話言語学)  

コメンテーター   石橋達成(弁護士・第一東京弁護士会)

<基調講演>(13:00-14:00) 「司法通訳言語研究が公正な司法にどう貢献できるか」  
水野真木子 (金城学院大学)

<研究発表> (14:10-17:00)

・研究発表1 (14:10-14:40)
「名誉毀損事件を例に、起訴状の公訴事実の適正な情報量について言語学的に考察する」   
池邉瑞和(早稲田大学)・首藤佐智子(早稲田大学)

 ・研究発表2 (14:40-15:10)
「相互行為上の資源としての「次」の発話位置における裁判官の発言―模擬評議場面のミクロ分析」
北村隆憲(東海大学)

・研究発表3 (15:10-15:40) 「法廷通訳人の語彙選択が模擬裁判員に与える影響についての実験結果に対する考察」   
中村幸子(愛知学院大学)・水野真木子(金城学院大学)・河原清志(金城学院大学)

・研究発表4 (16:00-16:30) 「機能と権力の視点から読み解く裁判員制度PRのための方言キャッチコピーと法言語景観」   
札埜和男(京都教育大学附属高等学校)

・研究発表5 (16:30-17:00) 「今なぜ『日本語保護法』が必要なのか?~日本語の地位計画への言語法アプローチ~」   
津田幸男 (筑波大学)

■事務局

〒168-8555 
東京都杉並区永福1-9-1 
明治大学法学部堀田秀吾研究室内 
法と言語学会事務局

2012年12月11日

公開シンポジウム「翻訳『革命』期における翻訳者養成」

公開シンポジウム「翻訳『革命』期における翻訳者養成」

■日時

2013年1月12日(土)10:00~14:30

■パネラー

井口 耕二(異文化コミュニケーション研究科兼任講師、翻訳者)
影浦 峡(東京大学大学院教育学研究科教授)
オヘイガン 統子(ダブリンシティー大学上級講師、翻訳研究修士課程主任)
ラッセル 秀子(モントレー国際大学翻訳通訳大学院助教授、日本語科主任)
関根 康弘(異文化コミュニケーション研究科博士前期課程在籍、クレステック)
武田 珂代子(異文化コミュニケーション研究科教授)
山田 優(麗沢大学、神戸女学院大学大学院、青山学院大学兼任講師、翻訳ラボ代表)

■趣旨

立教SFR「翻訳『革命』期における翻訳者養成の新たなコンテンツと方法に関する学際的研究」の研究代表者・分担者によるパネルディスカッション。機械翻訳・翻訳支援ツール・ボランティア翻訳の進展、グローバル翻訳市場の構造的変化などを背景に、翻訳者と翻訳業界をとりまく環境が急激に変化している。その中で求められる翻訳者養成の新たなコンテンツとデリバリー方法について口頭発表の後、議論を展開する。

■場所

立教大学池袋キャンパス8号館3階 8304教室
東京都豊島区西池袋3-34-1(JR池袋駅西口から徒歩約7分)

■対象

異文化コミュニケーション研究科学生、本学学生、教職員、校友、一般市民

■申込み

事前申込不要

■お問い合わせ先

独立研究科事務室 TEL 03-3985-332

2012年12月10日

通訳に特化したQ&Aサイト。


通訳に特化したコミュニティーQ&Aサイトです。

http://interpreting.info/

質問内容を見ると欧米系の通訳に関する質問が多いようです(まあ今の所は英語コンテンツしか盛り上がってないようですし。)。日本語のQ&Aは今日の時点ではまだ存在しません。

ソーシャルQ&Aサイトは多数ありますが、一つのニッチ分野に絞ったもの、特に通訳ではこれが初めてだと思います。フェイスブックやツイッターとの連携がないようですが、ソーシャル機能を強化すれば面白いことになるかもしれません。

2012年12月9日

ジャーナリストと通訳者(5)

前回の続きです。 インタビュー後について。
After the interview

1. Go over the interview with your translator immediately. Bearak notes in his memo that they will often correct themselves. Plus, you can ask questions about any responses that confused you.
"自分の訳をたびたび事後修正する"通訳者がどれほどいるのかは分かりませんが、これは聞き方にも影響されると思います。私もよくインタビュー後に、特定の発言の正確なニュアンスなどについて聞かれることがあるのですが、長い取材だと細かなことは覚えてないのが正直なところです。その意味では、実際の訳と事後の解釈ではニュアンスのズレが生じる可能性は十分に考えられます。ただ、コミュニケーションの本質に影響を与えるようなズレは通訳中に修正するのがプロなので、誤った事実に基づいて取材が終わることはまず考えられません。
2. If the story involves a long chronology or otherwise complex material, go over the facts repeatedly with your translator. Bearak wrote in his memo: “If you’re not aggravating your translators (making them complain, ‘You’ve already asked that!’), you’re not being precise enough.”
これはある意味、危険な行為です。というのは、通訳者の記憶が一番新鮮なのは現場で通訳している瞬間であり、事後に記憶をたどって、「えーっと、あの時は確かこう言ってた気がします」というのは、記憶の上書きをする行為で、そこには改変の可能性が生まれます。正確な通訳ノートがあれば一定の正確性は担保できるかもしれませんが、あくまでも内容のおおまかな理解を目的とするべきであり、正確なコメントをとる目的では勧められる行為ではありません。
3. Get your translator’s opinion on the source. Since your bullshit detector is turned off, tune into your interpreter’s. Bearak says, “I usually ask, ‘So what do you think of who we’ve just talked to?’ And they’re always pick things up that I didn’t pick up” — namely, whether the interviewee was being evasive or had an axe to grind.
前にも書きましたが、通訳者は言葉以外のコミュニケーション行為も注意して見ているので、取材対象についての印象を聞くことは問題ないと思います。あくまでも個人的な意見ですが。それに確かに、通訳者はジャーナリストとは異なる視点を持っているので、意外な事実に気付くこともあるかもしれません。
4. When you write, tell the reader what language was spoken and that a translator was used. As Bearak said in his memo, “the reader deserves to know that the words have passed through the translation process.”
読者としても、通訳者を通して行われたインタビューだと知ればニュアンスに注意しながら読むかもしれませんね。良いアイデアだと思います。
5. Have the translator read the story before you turn it in. At that point, he or she may have further corrections.
記事の最終確認を通訳者がするべきか。これには賛否両論あると思いますが、私は賛成です。というのも、数年前に某ゲームメディアの取材を通訳をした時、明らかに訳とは異なる事実が記事として発行されてしまった経験があるからです(私はそのゲームのファンだったので、訳した部分ははっきりと覚えていました)。本筋から離れた細かい内容だったので大きな問題にはならなかったようですが、やはり通訳者としては正直悔しいです。私が確認していれば絶対にありえなかったミスですから。

2012年12月8日

ジャーナリストと通訳者(4)

前回の続きです。実際のインタビューのときにどうするか。
During the interview

1. Begin by explaining what the story is about. Omar Fekeiki, a special correspondent and Iraqi translator for The Washington Post from 2003 to 2006, was almost kidnapped when interviewing people who didn’t understand the purpose of the story. He managed to escape, and after that, always explained “why we were writing the story and explained how we were going to voice their issues and problems,” he said in a phone interview. “I always think it is better to be honest with people and they can decide whether to talk to you or not.”
日本で通訳者が誘拐されることはまずありませんが(もっとも、ヤクザ社会に切り込んでいったジェイク・エーデルスタインのような記者に付いたら狙われるかもしれませんが)、取材対象にインタビューの趣旨を説明するのは大事なことですし、事前に通訳者に説明しておくとなお良いです。なぜなら、円滑なコミュニケーションの成立には正確性と同時に適切なスピードとタイミングも重要だからです。

極端な例を挙げると、記者が文脈を誤った発言をして、取材対象が怒って退室する素振りを見せたとしましょう。記者が弁解するのを待っていたら取材対象が帰ってしまうかもしれません。けれど事前に取材目的を通訳者に伝えておけば、「すみません、ちょっと待ってください、今の発言は実はこういうことで・・・」と説明できるわけです。「話者が言わないことを喋ってはいけない」と考える通訳者もいるようですが、私にはそれがコミュニケーションの本質を見失っているようにしか思えません。

通訳者の仕事は円滑なコミュニケーションを成立させることです。記者がわざと取材対象を挑発していない限り、文脈のズレを修復するのは通訳者の役割です。むしろ、それは通訳者にしかできません
2. Describe the interpreting process and find out how much English your source speaks. Introduce both you and your interpreter, and explain that you’ll be asking questions, the interpreter will be relaying them, and that the same will happen for the source’s answers. Also ask the interviewee directly, “Do you speak English?” to see whether he or she can respond and how well. Depending on how good his or her English is, you may be able to conduct some parts of the conversation more directly.
通訳プロセスを説明とありますが、取材対象によっては時間がかなり限られている場合もあるので(私の経験上、最短は7分)、「通訳者を介しているので、所々確認の質問をしたり、普通の取材と比べて時間がかかってしまいますがすみません」くらいで良いと思います。

取材対象の英語力を確認するのは悪いことではないと思いますが、仮に英語が話せたとしてもインタビューは日本語で行うことが多い印象があります。特に政府関係の通訳では。というのは、取材対象が話せても、同席する事務方が話せなければ色々困るという部分がまずあります(記録がとれないし)。それに、やはり公式会見は母国語で話すことが慣習であり、政治家の常識です。オーストラリアのラッド前首相が中国語でインタビューに応じて一部の国民から批判されたことは記憶に新しいですね。
3. Face the interviewee. “Address your questions directly to [the source] even though the interpreter is doing the translating,” Chandrasekaran says. “Put the interpreter to the side. You want to be making eye contact with that person as they’re talking, and nod your head, so they’re looking at you.”
通訳者の方を見ないで取材対象を見るのは正しいです。通訳者を見てもノートを取るのに必死で意味ないですしね(笑)。
4. Speak simply, slowly and clearly. This is so your interpreter can accurately relay your questions. Plus, your source, if he or she understands some English, may comprehend you directly.
簡潔に、ゆっくり、明確に話すのは大事です。いきなり本筋から脱線して、おまけに二重否定表現などが飛んできたりしたら通訳者は困ります。
5. Make sure everyone sticks to the process you outlined at the beginning. Make it clear that it’s important to you that the interpreter can keep up with both you and the source. Set a pace that ensures each person has the floor when he or she speaks and waits for his or her turn. Badkhen says that if the source isn’t giving the interpreter time to translate, she has her translator stop the source and say, “Excuse me, I need time to translate.”
もちろんきちんと通訳しなければコミュニケーションが成立しないのですが、通訳者が取材対象に対して「すみません、通訳するのでちょっと待ってください」的なことを何度も言うのはあまり好ましいことではありません。人にはそれぞれ話しやすいスピードとリズムがありますから、何度も繰り返してお願いすると逆に気分を害してしまう可能性があります。私もどちらかというと早口で、意識的にゆっくり喋るとストレスを感じます。

ちなみに私の場合は、取材時間にもよりますが、ものすごく早口の人には1~2回はお願いしますが、それでも直らない人については諦めて自分の集中力を高めるようにしています。自分の普段のペースを乱してエネルギーを使うので、いつもよりずっと疲れますが、仕方ありません。
6. Have an ear out for incorrect or incomplete translations. Watch out for these red flags:

“When you hear something surprising, repeat it just to be sure accuracy hasn’t meandered,” Bearak said in his 2003 memo.

If your source appears to be speaking longer than your interpreter’s translations, ask the interpreter to give you a full translation. Badkhen says if she still feels that the interpreter is summarizing, she will dissect the answer into parts and repeat them back to the person to make sure she hasn’t missed anything and to give him or her an opportunity to fill in gaps.

In cases where your source understands a bit of English but isn’t comfortable speaking it, he may attempt to correct the translation — a big red flag. If so, ask him directly whether his words are being accurately relayed.
トピックの本質に影響するような驚きの事実が出てきた場合、再度確認するのは良いですね。事実確認の意味もあるし、ニュアンスの確認という意味もあります。

話者の話の長さと訳の長さは必ずしも一致しません。プロは可能な限り違和感が残らないように調整しますが、それでも人によっては、「あれ、なんか訳が短い(長い)ような・・・?」と感じることもあるでしょう。ですから必ずしも誤訳とは言い切れませんが、重要な点であれば記者が一つひとつ再確認するのは悪くないと思います。

取材対象が通訳者の訳を修正するケースですが、これは確かにあります。ただこれは、通訳者が単に下手な場合もあるし、自信過剰な話者が実は間違った修正をしている場合もあるので、一概には言えません。この点は取材対象と通訳者の英語能力を見極める必要があるかもしれません。

2012年12月7日

ジャーナリストと通訳者(3)

前回の続きです。ジャーナリストが取材対象とインタビューを始める前に通訳者とすることを書いています。
Before the interview

1. Explain to the interpreter the purpose of the interview. If she knows what you are looking for, then she will be able to help you get it.
2. Review all your questions with your interpreter. Doing this will keep him from being surprised or confused during the interview, according this article by the Institute for Education in International Media. If you’ll be using any technical or obscure words, he can learn them beforehand. Plus, if you plan to ask any sensitive or tough questions, he can help you come up with a strategy for asking them.
両方とも完全同意です。通訳者は一般的になんでも瞬時に訳せるロボット的な存在と見られがちですが、トッププロでも話の筋道が見えないと訳出に苦労します。事前情報がない通訳は、真っ暗なトンネルの中を携帯電話のライトだけを頼りに歩き回ることに似ています。

優れた通訳者は取材対象の文化・文脈に通じているので、ジャーナリストが空気を読みながら厳しい追求をしたいのであれば、事前に相談して戦略を練るのが得策です。取材対象について思わぬ情報・視点を得られるかもしれませんよ。
3. Ask your interpreter whether she thinks any cultural issues might arise during the interview. Don’t just use her language skills; also use her cultural knowledge to see whether any age, gender, class or regional differences could hamper the interview.
通訳者は単に言葉の表面的価値を訳すのではなく、文化や文脈、その場の空気なども考えながら総合的に訳出しています。ジャーナリストには、その豊富な知識をうまく活用してほしいです。

例えば以前、某メディアが沖縄の基地問題を取材する際、準備段階のやりとりで「両方の意見がほしいので、基地賛成派も取材したい」と希望しました。沖縄の政治文化を知っていたら、これがどれだけ難しいかよく分かるはずです。心では基地賛成・基地賛成寄りの政治家がいたとしても、それを声高に主張する、特に海外といえどもマスメディアに対して主張するのは政治家生命を自ら絶つことを意味するからです。

ジャーナリストの年齢や社会的階級は日本ではあまり問題になりません。
4. Plan to record the interview when it’s important enough. Given time constraints in the field, this is not always possible, but for key interviews, you may want to record them and have your interpreter re-translate them to ensure accuracy.
録音・録画は記者の判断ではなく、取材先の許可次第です(少なくとも日本ではそれが一般的)。日本では録音・録画が入る公式記者会見で建前が語られ、時折その後に用意されるざっくばらんとしたオフレコ会見(懇談)で本音に近い発言が期待できます。上手いジャーナリストはこの二つを巧みに使い分けて聞きたい情報を引き出している印象です。

テレビの場合、録画した素材に字幕を付けて流すので、字幕の内容と話者が話している内容が概ね一致するように素材を編集する必要があります(もっとも、近年は新聞もネット配信用にカメラを持参するケースが増えています)。極端に言えば、放送用の素材で政府高官が「尖閣問題についてはできる限りのことをしている」と話しているのに、字幕が"Yes, we're aware of the Chinese fishing vessels in the EEZ. (排他的経済水域内の中国漁船については承知している)"となってはいけないのですね。正しくないし、かっこ悪い。

つい最近も某新聞社と仕事をした際、取材後にホテルのカフェで素材の切り取り・編集を手伝いました。フォトグラファーの話によると、今時のフォトグラファーは動画編集の技術が普通に求められるそうです。時代ですね。

余談ですが、録音禁止のインタビューでも、取材対象側が録音をしている時があります。アーカイブ目的なのか、通訳内容を後で確認しているのかはわかりませんが、事実としてそういうケースはあります。参考までに。

2012年12月6日

ジャーナリストと通訳者(2)

前回の続きです。ローラ・シンは次に、良い通訳者の探し方と、通訳者を訓練する方法について書いています。

How to find and train an interpreter

1. Start with recommendations. Unfortunately, depending on how remote of a location you are reporting in, landing a good translator can be a crapshoot. If you’re working for an organization that has bureaus around the world, it will likely already have reliable translators in the area, but if you’re freelance, you should ask other colleagues who have reported in the region.

仕事仲間に通訳者を紹介してもらうのは良いことだと思います。やはり通訳者は使ってみないと分からない部分がありますし、特に通訳内容が似ているのであれば、通訳者が前回勉強した知識・経験が存分に活用されます。

逆に誰も知らない場合、紹介のアテもない場合は、現地の通訳者団体を探して問い合わせるのも一つの方法です。または検索して、自分の実績や専門知識を公開しているフリーランス通訳者を探すのも良いかもしれません。ブログなどで情報発信している通訳者の場合は、発信内容の質に注目するとよいでしょう。

2. Look for someone who speaks conversational English. “If your translator has only an academic background in English, their vocabulary will be substantially different from someone who has lived in America and watched a lot of American TV,” says Bearak.

これは確かに一理あります。大学で教えている人だから実力があるに違いない、と思われがちですが、少なくとも日本の大学教員でトップレベルの通訳ができる人はほんの一握りしかいません(教員自身はできると勘違いしてますが)。業界内の人間は誰ができるか(できないか)分かっていますが、そういう情報はあまり外に出ません。

私は優れた純国産通訳者がいることを知っているので、決して彼らを悪く言うわけではありませんが、やはり長期の海外留学・滞在歴がある通訳者の方が概ね優れている印象があることは否めません。訳の正確性は当然として、文化的差異を汲んだ訳出をすること、つまり「味のある表現」ができる人が絶対数として多い印象です。それはやはり現地で生活して、現地のメディアを消費し、生の文化を吸収したからだと私は思うのです。

3. Get a translator who will help you navigate cultural differences, or, if you’re in a politically unstable region, won’t put you in danger. War correspondent Anna Badkhen says she prizes translators who are not hot-headed: “I try to make sure that this isn’t a person who will put us in danger,” she said by phone. “I feel responsible for the lives of the people I work with.”

まさにこの理由から通訳者がコミュニケーションを操作するケースがあるのです。通訳者だって人間ですから、自分の身の安全を確保したい。同時にクライアントの安全も確保したい。その結果、ジャーナリストが気づかないで空気の読めない発言(質問)をして、それが一発触発的な内容だった場合、通訳者は衝突を回避するために訳を操作するケースは十分に考えられます。戦場でしたら特にそうでしょう。誰もジャーナリストのアホな質問のせいで死にたくありません。戦場でなくても、事前に何も伝えられていない通訳者であれば、ジャーナリストに質問の真意を問うか(私はこっちです)、質問をうまくぼかして処理するケースは普通にあります。だからジャーナリストは事前に通訳者と相談して、案件の趣旨と内容を説明し、自分の手足となって働いてくれるように協力を求めるべきなのです。

4. Make sure the interpreter understands the importance of accuracy. If your interpreter doesn’t have experience with journalism, explain that accuracy has to do both with both the big picture and nitpicky details. Emphasize how important it is to get the words exactly right and, if the topic is complex, to understand it completely.

“Make the point that if you’re going to put something in quotation marks, it has to be an exact translation, and not a paraphrase, of what they actually said,” says Bearak.

Rajiv Chandrasekaran, who was The Washington Post’s Baghdad bureau chief in 2003 and 2004 and covered the war in Afghanistan from 2009 to 2011, has the interpreter jot down his own notes, particularly about words he didn’t know how to translate, so he can look them up later.

プロの通訳者であれば別に誰に言われなくても正確性が重要なことを知っています。ただ、”exact translation”が何なのかはプロのあいだでも意見が分かれることが頻繁にあるのがこの世界なのです。結局のところ、語感は人のセンスに左右される部分がありますので。シンやベアラクが言うように簡単な作業ではないのです。時には”paraphrase”が話者の真意に一番近い「最寄りの訳」であるケースも実在するのですから。

チャンドラセカランが通訳者にノートをとらせたというのも、具体的な状況は分かりませんが、プロであれば首を傾げるところです。というのも、プロ通訳者のノートはスピードと理解のバランスをとるために、自分だけが読めるように最適化されているのが普通なので、記者が後で内容を確認できるように書かれたノートは逆に詳しすぎて(=書くことに集中して聞く集中力が低下して)、実際の通訳の質が落ちていたのでないかと疑ってしまいます。通訳を学び始めたばかりの人によくある落とし穴です。

5. Ask your translator to “get in character.” This means that when translating, she should say, “I looked for my mother,” not “He looked for his mother.” Request that your translator never paraphrase.

一人称で話すのはプロなら当たり前のことで、こんなことを注意する必要があるのは素人通訳者だけです。

「パラフレーズ(意訳)をするな」というのは料理人に「芋を使わないでマッシュポテトを作れ」と言うようなものです。すべての通訳は究極的には意訳です。必ず訳者の主観が介在します。もちろん適切な訳として許容できる意味の幅は存在しますが、それはまったく別の話で、意訳を禁じるのは本末転倒としかいえません。

6. Ask your translator to translate everything he or she hears, no matter how offhand the remark. As Bearak wrote in a 2003 memo on working with a translator circulated internally at The Times: “Explain to them that a seemingly irrelevant remark like, ‘Praise Allah for this new window,’ helps you capture the flavor of a scene.”

事前に通訳者と相談すれば、通訳者は可能な限り対応してくれるでしょう。ただ、通訳環境や疲労度によってはすべての発言を拾うことができない場合があることをジャーナリストの皆さんには理解してほしいです。

2012年12月5日

ジャーナリストと通訳者(1)

先日、How journalists can work well with interpreters during interviewsと題された記事を読みました。要はジャーナリストの仕事を”邪魔”する下手な通訳者をどうやって見分けるか、そして”良い”通訳者をどう選び訓練するかという内容です。

10月~11月はオスプレイ問題と尖閣問題で国内外から多くのジャーナリストが沖縄を訪れました。私も複数の海外メディアに付いて仕事をしましたが、その経験をふまえて個人的見解を述べます(ジャーナリストの通訳は2000年の沖縄サミット以来、毎年一定の量をこなしている)。なお、最終的には英語で意見しないと肝心の海外メディア関係者に読んでもらえないので、現在デザイン中の新しい英語サイトが完成したらそちらで見解を述べる予定です。これは日本人ジャーナリスト向けということで。

記事を執筆したローラ・シンはまず通訳者を介したコミュニケーションの難しさを指摘します。

The difficulties of working with an interpreter

1. Accuracy: The biggest and most obvious danger of working with an interpreter is that you’ll get facts wrong or misquote someone — a serious mistake when interviewing anyone, let alone a prominent figure.

これに異論はありません。特に政治家や政府高官の発言は微細なニュアンスのズレが新聞の一面を飾り、無用な政治的緊張を生みます。たとえば「~を注視している」を軍事的な文脈でどう訳すか。”we’re monitoring the issue closely.” と無難に訳すかもしれないし、前後の文脈によっては”we’re on alert.”と踏み込んだ表現になるかもしれない。忘れてはならないのが、通訳者は言葉だけを分析しているのではなく、話者の表情や振る舞いなどの非言語表現なども含めて総合的に分析して訳出していることです。

2. Tone: An interpreter’s tin ear can lend a tinny feeling to your story. In a phone interview, Barry Bearak, a New York Times reporter who served as a foreign correspondent in South Asia and Southern Africa, recalls covering the aftermath of a hurricane in the Dominican Republic while working for The Miami Herald:

“I went to some village and just about everything had been washed away. I interviewed some man who had lost everything, and tears were coming out of his eyes and he was moving his hands to and fro, and the interpreter said something like, ‘I estimate the damage to my dwelling to be substantial.’” Bearak asked his photographer, who happened to speak Spanish, to interpret from that point on. 

通訳、というか社会言語学にはレジスターという概念があります。状況に応じて語彙や文法、発音などを変えた言語変種を意味します。普通の人には理解が難しい概念ですが、通訳の文脈で平たく言えば「話者本人っぽく話しましょう」ということです。

たとえば”Thank you for coming all the way to see me.”を例にしましょう。育ちがよくて気品に溢れ、教養もある人が話者であれば「遠方からはるばるお越しいただき感謝いたします」となるかもしれない。けれど話者がいわゆる普通の人であり、気心が知れたビジネスパートナーであれば「遠くから来てもらって本当にありがとう」と、カジュアルさが前面に出るかもしれません。

シンが挙げた例(”I estimate the damage to my dwelling to be substantial.”)はレジスターを極端に誤った例であり、プロの通訳者はそもそもこのような間違いは犯しません。レジスターの振り幅は通訳者によって変化しますが(そもそもコミュニケーションとはそういう行為である)、何もかも失って絶望した被災者の言葉を英国紳士のような語り口で訳す非常識・経験不足なプロ通訳者はいません。私が思うに、この記者は直前にブッキングしたので良い通訳者を手配できなかったか(大学教授がしかたなく手伝いを申し出たのかもしれない)、通訳料を値切ったせいでランクが低い通訳者が手配されたのではないか。特に最近はどこのメディアも支出に敏感で、私自身も交渉段階で「フォトグラファーの2倍なんてとても払えない」と言われたことがあります。日本では普通のレートなのですが・・・

3. Bullshit detecting: When interviewing someone in your primary language, you pick up on hesitations or stammerings, hear when they start to say something and then backtrack or sense when they are putting things diplomatically, and these clues help you know when to probe further. Using an interpreter hinders your ability to read between the lines. 

話者の言葉に戸惑いがあったり、つまりがあったとしても、それは必ずしも何かを隠しているわけではありません。実際、日本の政治家の多くは考えながら話したり、つまりながら話したりしますが、これは彼らにとって普通の話し方です。いつも事務方に仕事を任せているので、事実とは異なる発言をして後から訂正することもしばしばです。"putting things diplomatically"ですが、これは日本では(特に政治の文脈では)デフォルトのコミュニケーション様式なので、どれが建前でどれが本音なのか(そもそも一言でも本音を語ったのかどうかさえ)、日本の文化やコミュニケーション様式に慣れていない外国人ジャーナリストには判断が難しいのでは、と思います。

ちなみに通訳者の場合ですが、通訳者の言葉に戸惑いがあったり、言葉につまったりすることは普通にあることです。ただ、それは必ずしも情報を隠しているわけではありません。単に訳語を忘れたか、疲労から訳出に遅れがでただけかもしれません。一度出した訳を撤回することも時にはあります。ただ、これをジャーナリストが許さないのであれば、誤って出した訳を訂正できなくなるので、通訳者としてはかなり困ります。通訳者も人間ですから、どんなトッププロであってもミスはします。ミスは時間の問題なのです。

とは言っても、通訳者によっては無用な衝突を避けるために、意図的にコミュニケーションを操作するケースは確かにあります。ですが、少なくとも日本人の通訳者においては、悪意をもって操作するケースは少ないと私は信じています。おそらくシンの念頭にあるのは中国や北朝鮮のように通訳者が政府当局に監視・管理されている状況だと思います。

日本人通訳者がコミュニケーションを操作するとしたら、その主な理由は、ジャーナリストが日本の文化や文脈、空気を理解していないためだと思います。通訳者としてはジャーナリストの面子を守りたいと考えるのが普通です。その場を険悪なムードにしたくない。ジャーナリストが「いや、それでも俺は突っ込んだ質問がしたいんだ。ムードなんてどうでもいい。俺が出禁になってもいいからガンガンやってほしい」と思うのであれば、事前にそれを通訳者に伝えるべきです。プロの通訳者であれば、覚悟を決めて一緒に戦って(?)くれるでしょう。それは無理ですと断る通訳者もいるかもですが(笑)。

4. Color: Unless your interpreter is diligent about translating every single sentence, including offhand remarks or under-the-breath mutterings, your ability to add color to a scene will be impaired.

話者の発言を丁寧に訳すことは大事ですが、通訳環境によってはそれができない場合があります。例えば複数の話者が入り乱れて話す場合。この場合は全部訳すことは不可能なので、まとめ版を訳すことが多いです。某新聞社と仕事をした際には、ある理由から「可能な限り小さい声で訳してくれ」とお願いされたこともあります。

それにあえて言えば、ジャーナリストの方の失言(思わず出てしまった空気を読めてない冗談など)を通訳者が意図的に訳出しないでコミュニケーションを安定化させている場合の方が圧倒的に多いのです。時に通訳者がいることを忘れてしまって独り言をつぶやいてしまった場合とかですね。だから結局はお互いさまなのですが、仮に通訳者にすべての発言を訳してほしいのであれば、事前にきちんと伝えるべきなのです。プロの通訳者であれば自分ができること、できないことを把握しているので、ジャーナリストの目的に沿った通訳を提供してくれることでしょう。いずれにしても、シンが言うような「通訳者を訓練する」という視点は、無駄な上下関係を生むことから適切な通訳が難しくなるだけであり、通訳者は自分(話者)自身の延長だという視点-実務者として私が信じる真理-が欠落していると思うのです。