2012年12月5日

ジャーナリストと通訳者(1)

先日、How journalists can work well with interpreters during interviewsと題された記事を読みました。要はジャーナリストの仕事を”邪魔”する下手な通訳者をどうやって見分けるか、そして”良い”通訳者をどう選び訓練するかという内容です。

10月~11月はオスプレイ問題と尖閣問題で国内外から多くのジャーナリストが沖縄を訪れました。私も複数の海外メディアに付いて仕事をしましたが、その経験をふまえて個人的見解を述べます(ジャーナリストの通訳は2000年の沖縄サミット以来、毎年一定の量をこなしている)。なお、最終的には英語で意見しないと肝心の海外メディア関係者に読んでもらえないので、現在デザイン中の新しい英語サイトが完成したらそちらで見解を述べる予定です。これは日本人ジャーナリスト向けということで。

記事を執筆したローラ・シンはまず通訳者を介したコミュニケーションの難しさを指摘します。

The difficulties of working with an interpreter

1. Accuracy: The biggest and most obvious danger of working with an interpreter is that you’ll get facts wrong or misquote someone — a serious mistake when interviewing anyone, let alone a prominent figure.

これに異論はありません。特に政治家や政府高官の発言は微細なニュアンスのズレが新聞の一面を飾り、無用な政治的緊張を生みます。たとえば「~を注視している」を軍事的な文脈でどう訳すか。”we’re monitoring the issue closely.” と無難に訳すかもしれないし、前後の文脈によっては”we’re on alert.”と踏み込んだ表現になるかもしれない。忘れてはならないのが、通訳者は言葉だけを分析しているのではなく、話者の表情や振る舞いなどの非言語表現なども含めて総合的に分析して訳出していることです。

2. Tone: An interpreter’s tin ear can lend a tinny feeling to your story. In a phone interview, Barry Bearak, a New York Times reporter who served as a foreign correspondent in South Asia and Southern Africa, recalls covering the aftermath of a hurricane in the Dominican Republic while working for The Miami Herald:

“I went to some village and just about everything had been washed away. I interviewed some man who had lost everything, and tears were coming out of his eyes and he was moving his hands to and fro, and the interpreter said something like, ‘I estimate the damage to my dwelling to be substantial.’” Bearak asked his photographer, who happened to speak Spanish, to interpret from that point on. 

通訳、というか社会言語学にはレジスターという概念があります。状況に応じて語彙や文法、発音などを変えた言語変種を意味します。普通の人には理解が難しい概念ですが、通訳の文脈で平たく言えば「話者本人っぽく話しましょう」ということです。

たとえば”Thank you for coming all the way to see me.”を例にしましょう。育ちがよくて気品に溢れ、教養もある人が話者であれば「遠方からはるばるお越しいただき感謝いたします」となるかもしれない。けれど話者がいわゆる普通の人であり、気心が知れたビジネスパートナーであれば「遠くから来てもらって本当にありがとう」と、カジュアルさが前面に出るかもしれません。

シンが挙げた例(”I estimate the damage to my dwelling to be substantial.”)はレジスターを極端に誤った例であり、プロの通訳者はそもそもこのような間違いは犯しません。レジスターの振り幅は通訳者によって変化しますが(そもそもコミュニケーションとはそういう行為である)、何もかも失って絶望した被災者の言葉を英国紳士のような語り口で訳す非常識・経験不足なプロ通訳者はいません。私が思うに、この記者は直前にブッキングしたので良い通訳者を手配できなかったか(大学教授がしかたなく手伝いを申し出たのかもしれない)、通訳料を値切ったせいでランクが低い通訳者が手配されたのではないか。特に最近はどこのメディアも支出に敏感で、私自身も交渉段階で「フォトグラファーの2倍なんてとても払えない」と言われたことがあります。日本では普通のレートなのですが・・・

3. Bullshit detecting: When interviewing someone in your primary language, you pick up on hesitations or stammerings, hear when they start to say something and then backtrack or sense when they are putting things diplomatically, and these clues help you know when to probe further. Using an interpreter hinders your ability to read between the lines. 

話者の言葉に戸惑いがあったり、つまりがあったとしても、それは必ずしも何かを隠しているわけではありません。実際、日本の政治家の多くは考えながら話したり、つまりながら話したりしますが、これは彼らにとって普通の話し方です。いつも事務方に仕事を任せているので、事実とは異なる発言をして後から訂正することもしばしばです。"putting things diplomatically"ですが、これは日本では(特に政治の文脈では)デフォルトのコミュニケーション様式なので、どれが建前でどれが本音なのか(そもそも一言でも本音を語ったのかどうかさえ)、日本の文化やコミュニケーション様式に慣れていない外国人ジャーナリストには判断が難しいのでは、と思います。

ちなみに通訳者の場合ですが、通訳者の言葉に戸惑いがあったり、言葉につまったりすることは普通にあることです。ただ、それは必ずしも情報を隠しているわけではありません。単に訳語を忘れたか、疲労から訳出に遅れがでただけかもしれません。一度出した訳を撤回することも時にはあります。ただ、これをジャーナリストが許さないのであれば、誤って出した訳を訂正できなくなるので、通訳者としてはかなり困ります。通訳者も人間ですから、どんなトッププロであってもミスはします。ミスは時間の問題なのです。

とは言っても、通訳者によっては無用な衝突を避けるために、意図的にコミュニケーションを操作するケースは確かにあります。ですが、少なくとも日本人の通訳者においては、悪意をもって操作するケースは少ないと私は信じています。おそらくシンの念頭にあるのは中国や北朝鮮のように通訳者が政府当局に監視・管理されている状況だと思います。

日本人通訳者がコミュニケーションを操作するとしたら、その主な理由は、ジャーナリストが日本の文化や文脈、空気を理解していないためだと思います。通訳者としてはジャーナリストの面子を守りたいと考えるのが普通です。その場を険悪なムードにしたくない。ジャーナリストが「いや、それでも俺は突っ込んだ質問がしたいんだ。ムードなんてどうでもいい。俺が出禁になってもいいからガンガンやってほしい」と思うのであれば、事前にそれを通訳者に伝えるべきです。プロの通訳者であれば、覚悟を決めて一緒に戦って(?)くれるでしょう。それは無理ですと断る通訳者もいるかもですが(笑)。

4. Color: Unless your interpreter is diligent about translating every single sentence, including offhand remarks or under-the-breath mutterings, your ability to add color to a scene will be impaired.

話者の発言を丁寧に訳すことは大事ですが、通訳環境によってはそれができない場合があります。例えば複数の話者が入り乱れて話す場合。この場合は全部訳すことは不可能なので、まとめ版を訳すことが多いです。某新聞社と仕事をした際には、ある理由から「可能な限り小さい声で訳してくれ」とお願いされたこともあります。

それにあえて言えば、ジャーナリストの方の失言(思わず出てしまった空気を読めてない冗談など)を通訳者が意図的に訳出しないでコミュニケーションを安定化させている場合の方が圧倒的に多いのです。時に通訳者がいることを忘れてしまって独り言をつぶやいてしまった場合とかですね。だから結局はお互いさまなのですが、仮に通訳者にすべての発言を訳してほしいのであれば、事前にきちんと伝えるべきなのです。プロの通訳者であれば自分ができること、できないことを把握しているので、ジャーナリストの目的に沿った通訳を提供してくれることでしょう。いずれにしても、シンが言うような「通訳者を訓練する」という視点は、無駄な上下関係を生むことから適切な通訳が難しくなるだけであり、通訳者は自分(話者)自身の延長だという視点-実務者として私が信じる真理-が欠落していると思うのです。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

でも、それって通訳をうまく使う技術がない人の言い訳ですよね。頭のいい人は、誤訳が発生しないようにうまく話していますし。
こうやって通訳になんでもお任せして、脳から垂れ流しでしゃべる人たちに限って、他人に責任転嫁するのでやってられませんわ。