サッカー日本代表がアジアカップで優勝した。私は一月中旬から某ドイツ企業と某日本企業の商談を連日通訳していたのだが、普段なら通訳者の体力も集中力も無視して進める(笑)クライアントが、さすがに準決勝と決勝の夜だけは「今夜はサッカーがあるので早めにきりあげましょう!」とすんなり合意していた。ドイツ企業の幹部はドルトムントのファンで、香川選手に注目していたというのもあったかもしれない。
ところで、アルベルト・ザッケローニ代表監督の就任会見を通訳した通訳者が、テキトーな通訳をして大ブーイングに遭ったことは既に多くの方々がご存知の通りですが、まだ知らない人のために簡単に説明すると、「アジアカップでの目標は?」という記者の質問に対してザッケローニ監督は:
「今や日本はアジアだけでなく、世界において重要な存在になった。時間はあまりないが、絶対的な主役を演じなければならない。」
とイタリア語で答えたのですが、同時通訳者は:
「アジアカップはまずあのー、突破、トップ3に狙わないといけない。日本はやっぱりあのアジアだけでなく世界で、非常にあのー、力を見せた国ので、 あのアジアカップでも力を見せないとと思う。」
としどろもどろに訳したのです。「トップ3」なんて約束していないので、当然これは後で問題になったわけですが、後で実際にわかったのは、通訳者自身も経験が浅い方だということで(というか、プロの通訳者ではなく、会社経営者)、この事件の後に再び呼ばれることはなかった模様。そしてフルタイム通訳者として雇われたのが矢野大輔さんです。大黒選手がトリノに在籍している時に通訳として一緒に仕事をした方で、
こちらにインタビューもあります。
この矢野さん、すでにネット上では通訳者としての能力を疑問視されています。知人のイタリア語通訳者は「棒読み訳」とあまり評価していませんし、実際、決勝戦後のインタビューで監督が明らかに「complimente Korea (韓国代表のプレーを称えたい)」と発言していたのに、それを全く抜かしていた。イタリア語を知らない私でもわかることを訳抜けするというのはいかがなものか。それにメモを全くとっていないというのも驚き(これは矢野さんに限る話ではないけど)。他にも、ザッケローニ監督が険しい表情をしていても後ろでニコニコしていたり、日本がゴールを決めたら、ザッケローニ監督の表情やリアクションなどおかまいなく喜び一杯ではじけてたりと、その資質自体を疑う人もいます。通訳者はクライアントと同じ感情を共有するように努めなければならないというのは通訳者の常識中の常識ですので。
さて、日本経済新聞の武智幸徳編集委員が
「ザッケローニ新監督の言葉を伝えるのは…通訳の重要性」で特に通訳者の重要性について書いています。
外国人監督の成否は、ほとんど通訳にかかっているといっても過言ではないからだ。いくら当人が濃密なコミュニケーションを選手やメディアとの間に築こうと思っても、あるいは具体的な戦術を授けようとしても、それが十全に伝わらなくては宝の持ち腐れになってしまう。
ただこの濃密なコミュニケーションというのは、必ずしも全てをありのままに伝えるというわけではない。監督と選手の信頼関係がまだ十分に構築されていない場合などは、通訳者がそれを察して、監督のメッセージを自己裁量で加工して伝えることもアリなのです。それがコミュニケーションとして良い結果をもたらすのであれば。例えば「日本サッカーの父」とされるデットマール・クラマーの通訳だった岡野俊一郎さん。
当時のクラマーさんの言葉の中には相当激しい叱責もあったそうだが、それをそのまま選手に伝えるとまずいと岡野さんが判断したときは、オブラートにくるんだり、とぼけて通訳しないこともあったという。
ここで思い出されるのがイビチャ・オシム監督の通訳だった千田善さん。最初はオシム監督のスタイルに馴染めなかったのか、何度も泣かされたことがあったとか。例えば前回のアジアカップの初戦、格下のカタールを相手にして、痛恨の引き分けに終わった日本代表。ロッカールームに戻ったオシムは選手に激怒して
「お前たちはアマチュアだ!!」とバッサリ言った。千田さんは「これはとても言えないよ…」と思い沈黙し、果てには泣き出してしまったと。ジャーナリストの永田実がニコ生で語った話です。
ただオシム/千田コンビは練習と試合を重ねるごとに息が合ってきて、後期はとても良いコンビでした。トルシエ/ダバディの名コンビに匹敵するコミュニケーションの密度だったと思います。
ジーコ/鈴木コンビも、フィールドで結果は残せませんでしたが、コミュニケーションの密度は高かった方だと思います。鈴木さんはジーコ監督の感情と意志を共有していました。なにせ、監督の怒りを代弁して、監督より先に退場処分を食らった通訳者ですからね!
相手選手の危険なプレーに対してジーコ監督が派手に抗議。それを見た主審が駆け寄って来たところに鈴木通訳が立ちはだかり、「監督に話したければオレの屍を越えていけ!」とばかりに、こちらも猛抗議を展開。退場処分となったのでした(こういうアツい話、私は好きですがね)。