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日本通訳フォーラム2018 8月25日(土)

2010年6月21日

翻訳者・通訳者の行動経済学1 「客は相対性で選択する」

翻訳・通訳はビジネスですので、当然の事ながら見積書や請求書などの事務文書の作成が必要になります。エージェント経由で仕事を請ける人は何ら気にすることはありませんが、企業と直接取引をするフリーランスの翻訳者・通訳者は自分で作成する人が多いはずです(もっとも今は時間・手間コストを考えて事務文書作成や経理を外注する人も増えてきましたが)。今日からダン・アリアリーの『予想どおりに不合理』等の行動経済学の書籍を参考にしながら、シリーズで「翻訳者・通訳者の行動経済学」について書きます。第一回は人間の選択と相対性についてです。具体的には、効果的な見積書の作成の仕方です。

多くの人間は自分が何を求めているのか分かっていません。自分が何を欲しがっているのか、それは具体的な状況に置かれて初めて分かるものです。特に現代のように選択肢が多岐多様な時代において、人は炊飯器一つ買うにしても何か参考になる情報や状況なしではなかなか最終的な判断を下せないものです。

例えば私は中学生の頃にテニスを始めたのですが、初めて購入したラケットはアンドレ・アガシが当時使用していたHEADブランドの物でした。憧れの選手が使っているラケットなら間違いはないだろう、という論理です。友人に最近ドコモからソフトバンクのiPhoneに乗り換えた男性がいるのですが、彼は「ドコモの携帯でも十分だと思ってたよ。同僚がiPhoneを使ってるのを見るまではね。彼も熱く語ってたし!」と言っています。つまり同僚(他人)の選択・価値観に影響されての選択ということです。ここで重要なのは、行動経済学では人間は常に相対的な判断をするということです。目的地に案内してくれるガイドを常に必要としているのです。


例えば家電量販店で以下の3点の電子辞書が並んでいたとしよう。あなたは以下のどれを選びますか?

SII SR-G10001 45,000円
カシオ エクスワードXD-A8500 21,000円
シャープ Brain PW-AC910 18,000円

ベテラン販売員は客が相対的に判断する事(裏返せば絶対的な判断ができない事)を知っています。大体、商品が星の数ほど溢れているこの時代、誰がカシオとSIIの機能比較をきちんと理解できているのでしょうか?真っ先に価格コムの口コミを読む人も少なくないはずです(笑)。ベテラン販売員は客の心理を上手く利用して、一番売りたい商品を真ん中に置きます(三択だとほとんどの人が真ん中を選ぶ事を知っている)。つまりこの例ではカシオになります。みなさんも「一番高いのは金銭的に無理、でも一番安いのもちょっと不安。ここは無難に真ん中あたりで」という経験はありますよね?

この例ではSIIの電子辞書はいわゆる「おとり商品」です。たとえこの一番高い商品がさほど売れなくても、客は次に高い商品を購入するので、2番目に高い商品のマージンを調整すれば多大な利益を上げる事も可能です。イタリアンレストランなどのワインリストで、とびきり高いワインを見たことはありませんか?そのワインはおそらくあまり注文はされないでしょうが(おとり効果)、2番目か3番目に高いワインは注文されるでしょう。著名な食品経営コンサルタントであるグレッグ・ラップ(Greg Rapp)は、一つとびきり高い品をメイン料理のメニュー入れておくと、レストラン全体の収益が増えると言っています。

実は翻訳者・通訳者も見積もりの段階でこれを実践できます。例えば印刷物の翻訳依頼に対して、見積書を3パターン提示するという方法です。

1.翻訳+スピード納品(72時間以内)+翻訳証明書(上質紙) 200,000円
2.翻訳+通常納期+翻訳証明書(普通紙) 120,000円
3.翻訳+通常納期 80,000円

もちろんスピード納品の時間や実際の料金は個々の案件で調整が必要ですが、肝心なのは1のおとりがある事により2が活きてくるという事です。そして2が選ばれる事を見越してマージンを調整すれば良いのです。あなたが本当に提示したいのは2の見積もりなのですが、人は2の見積書だけだと評価するのに苦労するので、1と3を提示することによって客を導いてあげるのですね。

上の例に限らず、おとり効果は様々なケースで応用できます。一度試してはいかがでしょうか。