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日本通訳フォーラム2018 8月25日(土)

2010年6月22日

翻訳者・通訳者の行動経済学2 「締め切りを設定し、決意表明する」

私は学生の頃、先延ばしの常習犯でした。特に大学時代は期末レポートが多かったのですが、締め切りの3~4日目になってブツブツ言いながらやっと始めていた記憶があります。当然のことながら成績は中の下、いや、下の中?まあ良くなかったことは確かです。自分が興味を持てることしか学ぼうとしなかった生意気な若造でしたから。

この先延ばし問題の原因を探るため、そしてあわよくばこの人間共通の弱点の解決法を発見するため、アリエリーは消費者行動のクラスの学生を使って実験しました。12週間の学期中、レポートを三回提出するのですが、その締め切り設定方法を3つのクラスでそれぞれ工夫してみたのです。

A 学生が自分で三回の締め切りを設定し、事前に申告する。
B 学期中は締め切りなし。最後の講義までに全部提出すればOK。早く提出しても成績が上がることはない。もちろん事前申告も不要。
C 教授が第四週、第八週、第十二週に締め切りを設定。学生には選択の余地なし。

※締め切りに一日遅れるごとに1%の減点。

この結果、一番成績が良かった順にC、A、B、つまり教授が強制的に締め切りを設定したクラスは最も良い成績を記録した一方、逆に完全な自由を与えられたクラスは一番悪かったのです。自主的に締め切りを設定(決意表明)したAの学生はBと比較して平均成績が高かった事も注目点です。

多くの人間は先延ばしをします。ただこの実験結果からも分かるように、大抵の人間は先延ばしの問題を理解していて、機会を与えられればその問題に取り組む行動を起こし、それなりの成果を得る事です。事実、Aの学生の一部はCと似たような締め切りを自主的に設定し、これらの学生はCの学生とほぼ同レベルの成績を残しました(ただ締め切りを設定せずに学期末にやっつけ仕事を提出した学生もいた為に平均成績ではAはC劣った)。一部の学生は締め切りの間隔を十分にとらなかったため、結果的に自分の首を絞めてしまうというケースもありました。


ここから学べるのは、自分の弱点を自覚・理解し、認めている人の方が事前の決意表明に利用できるツールを使いやすいという事です。先延ばしの傾向を自覚していても、問題を理解しているとは限りません。では翻訳者・通訳者にとって決意表明のツールとは何か?色々ありますが、二つ例を挙げましょう。

私の事務所には翻訳をチェックするエディターが複数名います。私自身も翻訳をするのですが、納期の数日前には担当エディターに「16日の午後4時までにファイル送るからね」などと連絡(決意表明)しておきます。なんだそれだけか、と思うかもしれませんが、この一言が大きいのです。エディターも人間ですので予定があり、仕事がなければ読書したり映画を観にいったりするでしょう。約束の時間に遅れると迷惑をかけて本当に申し訳ないと思いますし(実際一度、エディターの女性がわざわざデートの予定を変更して待っていてくれていたのに、私が遅れたせいでかなり気まずい思いをしました)、それを自覚しているから遅れないように作業を進めます。だから私は一人で作業する自己完結型をお勧めしません。勉強や運動で、仲間(他人)を巻き込む事によって成功率が上がるのと同じように、翻訳でもエディターの存在自体が、本来の訳文チェックという仕事に加え、効果的なスケジュール管理ツールなのです。

通訳者は仕事の日が締め切りなんだから先延ばしなんかしようもないだろう、と考えてしまいがちですが、それは違います。繰り返しますが、人間は先延ばしする生き物です。つまり客も判断を先延ばしするという事です。見積もりの段階でさりげなく判断の締め切りを設定し、早めに決断すれば客に得になるような提案をすれば良いのです。例えば7月30日の仕事について6月20日に見積もりの依頼が来たとしましょう。見積書には7月10日までに発注いただければ1)その分野に通じたベテラン通訳者を手配します、とか2)5%割引/消費税を割り引きます、とオファーすれば効果的です。事実、腕がいい通訳者は早めにブッキングされてしまうので、1はハッタリでもなんでもありません。ちなみに、キャンセル料の設定を忘れずに!

余談ですが、私が大学でとった唯一のA+はBusiness Lawでした。現役の弁護士が教える毎週一回3時間の授業でしたが、クラスのたった一つのルールは「毎週、授業で行われる小テストを受ける」でした。「受ける」なので、極端に言えば白紙に名前だけ書いて提出しても良いわけです(実際、それだけやって後はサボる学生もいました)。ただ、小テストを受けなかったらその時点で即落第という厳しい制裁(?)付きでした。当時は鬼のような先生もいるもんだな~程度にしか考えていなかったのですが、振り返ってみると彼は若者、ひいては人間の自制心の問題を一番よく理解していたのかもしれません。