2023年5月29日

【通訳の仕事 No. 2 】Up Rising Tokyo

5月25日の前日記者会見から28日の決勝まで、スケートボードの新しい国際大会であるUp Rising Tokyoで同時通訳を担当してきました。ここ数年、特に力を入れているのがスポーツ分野です。もちろんスケートボードも守備範囲内です。学生の頃から深夜のESPNでX-Gamesを観てました!今回は通訳者としてどのような準備をしたかを書こうかなと。スポーツイベントで通訳者がどう動くべきか、一つのヒントになれば良いと思います。

■5月25日(前日記者会見)

大きなスポーツイベントになると、有力選手(チームスポーツの場合は監督などのケースもある)が前日記者会見に応じることが度々あります。競技前なので細かい技術的な話はなく、どちらかといえば大会に向けての意気込みとか、海外から参加している選手に対しては「日本の第一印象はどうですか?」というような典型的な質問が多め。Up Rising Tokyoは新しい大会なので、他の大会と比較してどう思いますか?というような質問も容易に想像できます(実際に、全部でてきた)。

このあたりは一定の経験がある通訳者であれば余裕だと思いますが、問題は歴史系の質問です。ここでいう歴史とは、①大会の歴史、②競技・スポーツの歴史、③選手自身や他の選手との関係性の歴史などがあります。

①Up Rising Tokyoは新しい大会なので大きな心配はなかったのですが、②は範囲が広いので難しい。触ってはおきたいけれどあまり多くの時間は割けないので、このようなスケボーの歴史ページをいくつか読み、世界各地のメジャーな大会の名称などを確認。③はとても大事。関係性を事前に理解していないと、同時通訳では脳内処理が一瞬遅れるだけで話者からかなり遅れてしまいます。前日記者会見にイショッド・ウェア選手と堀米雄斗選手が参加すると案内されてから、私はすぐにウェア選手と堀米選手の直近の成績と、両選手が一緒にエントリーした大会について検索しました。ちなみに大型スポーツイベントでは写真のような選手情報がメディアに配布されるのですが、超便利なので初日に一部もらっておくべきです。報道取材要領もある場合は入手するべき。大会の注目点、注目選手、レギュレーションなどが記載されているからです。

スポーツ案件は事前資料がないのが普通なので、自力で色々調べなければなりません。ヤマをはって外れることも多いですが、今回は当たり!大会アドバイザーのライアン・クレメンツ氏が「80年代~90年代の競技シーンはアメリカ勢が支配的、2000年代はブラジル勢が台頭し、2010年代、特にここ4~5年は日本勢の活躍が目覚ましい」と発言していたのですが、事前にどこかの記事で同じ内容を読んでいた私は同通ブースの中で心のガッツポーズです。早口の方だったので、事前に読んでいなければとても苦労したことでしょう。

こちらのコース説明のページにも感謝です。この日はコースに立って特徴を説明する逐次通訳も発生したのですが、会場内の音楽が予想以上に大音量で聞き取りが困難に。事前に予習していなければ何度も聞き返す事態になっていたことでしょう。

■5月26日(準々決勝)

準々決勝、準決勝、決勝と3日もあるのだから、のんびり観戦しているだろうと思う読者もいるかもですが、実際はそんなに楽しむ余裕はありません。競技の早い段階で各選手の技を確認する必要があります。私がスケボーを楽しんでいたのは90年代前半で、当然その頃とは比べ物にならないくらい技は進化していますので……

一応、イベントに先立つトリックの予習としては、nollieskateboarding.com の動画を視聴、用語集にも目を通し、あとはYouTubeのSLS動画など競技動画を観まくりです。特に大会一週間前くらいからは他の仕事の電車移動中もずっと観ていた気がします。文字通り、詰め込み教育。


■5月27日(準決勝)

準決勝後の記者会見にはコルダノ・ラッセル選手(USA)とシェイ・サンディフォード選手(CAN)が参加すると案内された時点で、各選手の順位を確認。このあたりの文脈は質問を予想する上でとても大事。8位のラッセル選手は決勝進出確定なので、おそらく今日のパフォーマンスと印象と決勝に向けての抱負を聞かれるだろうし、サンディフォード選手は18位で敗退決定なので、おそらく本大会に参加した意味とか、大会の今後をどう考える?系の質問だろうと予測できます。大穴としては、サンディフォード選手は今大会に出店しているアパレルブランド Wind and Sea と契約しているので、その絡みで今後の日本での活動などを聞かれるのかな、と想定していました。業界では「通訳は準備が8割」と言われますが、ある程度質問を予想できていれば本番は結構スムーズに進みます。もう脳内でシミュレーションが済んでいますから。

ただ、現場にサプライズはつきもの。選手リストではラッセル選手は米国の選手と書いてあったので、それを鵜呑みにしていたら、会見では「僕は米国とカナダと二重国籍で、シェイとは同じカナダ代表のメンバーなんだ」と発言。え??自分の聞き間違いかな?と一瞬戸惑ったのですが、両選手が笑顔でハイファイブする姿を見て、すぐに発言通りに訳しました。

■5月28日(決勝)

決勝はYouTubeのRed Bull Skateboardingチャンネルで生配信されていたので、私は会場にいたけれど基本的にバックヤードで配信の解説を聞いていました。コースだと音楽やPAシステムがうるさ過ぎるというのもあるのですが、配信は複数角度のリプレイと一緒にきちんと技の解説をしてくれるので、とても助かります。誰が優勝しても勝利を決定づけたトリックについては100%聞かれるので……


最後の最後で大技をメイクして優勝した堀米選手。私は今回、同時通訳の契約だったのですが、実は諸事情により優勝後の堀米選手の逐次通訳も担当しました。写真では堀米選手の奥にいます(ぼやけているけど)。


このミックスゾーンでの記者会見ですが、The Japan Timesの記事が私の訳をそのまま使ってくれました!堀米選手の発言を同通した以下の部分です。

"I think competitions are very easy to understand. A lot of people were attending and they came to see the top pros in the world, and it's great to see that," said Horigome, who won the men's competition with a dramatic final run. "But I don't think the competition side tells the entire story. I want to do more to really bring out the street culture and get everyone to understand what the culture is all about and how fun skateboarding is."

普通は読みやすさのために編集を加えるのですが、そのまま使えるクオリティと判断されたのはとても嬉しい!

P.S. 以前からYouTubeで視聴していたLuis Moraさんも会場で発見。動画も公開されていました。ホントに奥さんと仲が良いのが微笑ましい。

0 件のコメント: