おかげさまで昨年は楽しい仕事に恵まれ、素敵な出会い(特に上野と渋谷あたり)もあり、充実した一年になりました。私はいつも考えるよりまずやってみるタイプで、多少の火傷も覚悟の上で未知の分野に頭を突っ込んでいくわけですが、おかげで痛い目を見つつも大きな収穫を得ることができました。2013年は今まで以上に蛮勇ぶりをフル稼働させていきたいと思います。
未知の分野というと、たまに考えることがあります。翻訳者のイベントなどに参加すると、ベテラン翻訳者は口々に「専門化しろ」と言います。確かに一つの専門分野に集中すれば生産性・経済効率性は格段と向上するでしょう。けれど私は思うのです、それで本当に良いのかと。仕事がマンネリ化していないかと。創造性が失われていないかと。本当に成長しているのかと。
先月末、ノーベル化学賞受賞者で理化学研究所理事長の野依良治先生の通訳をする機会に恵まれました。打ち合わせの時からきさくに話してくれて、メッセージ性に富んだ講演内容は科学から哲学までカバーしており、同時通訳者冥利に尽きる仕事でした。その講演のなかで野依先生は以下のような話をされています。普段は仕事の具体的な内容はあまり書かないのですが、これは無料の一般公開イベントなので・・・
・米国にノーベル賞受賞者が多いのは多国籍文化が大きな理由の一つ。特に基礎科学においては異文化を経験した人が大成している。
・ノーベル賞研究の大半が米国で行われているのは経済力だけではなく多文化性によるもの。
・注目すべきはユダヤ系科学者の受賞者比率。受賞者本人、あるいは親に祖国がなく、世界を漂っているケースが少なくない。
野依先生は、創造的な視点を獲得するには多国籍・多文化な環境に身を置くことが大事だとしていました(そして、苛烈な環境に身を置くことが人に力を与えることもあると)。私もここ数年、これを強く実感していてます。彼が話していたのは本当に意味での多国籍・多文化ですが、私は数年前から他分野(私にとっては異文化)の人と積極的に付き合うようになり、その影響もあって一時はマンネリ化していた翻訳・通訳作業もまた楽しくなってきたというか、新たな刺激を得られるようになったのです。
野依教授を同通ブースからパシャリ |
特にアートや建築から得たインスピレーションは翻訳指南本・専門書の比ではありません。メタボリズム運動の基本理念である「新陳代謝する建築」を明快に表現して国際的に知られることとなった中銀カプセルタワーを目にしたとき、ああ、メタボリズムこそ私が目指していた同時通訳の最終形態だと直感しました(常に新陳代謝するものに最終形態など存在しないと突っ込まれそうですが)。
中銀カプセルタワー |
コールハースは日本人、インド人、アラブ人、黒人など、多様な人種を積極的に雇い入れようとしている。 私が訪れた時には、頭にスカーフをかぶったイスラム系の女性スタッフもいた。また建築だけでなく、ほかの職業についた経験があるかどうかも、コールハースとの面接では尋ねられたのだという。建築のありかたを拡げようとするコールハースにとって、事務所のスタッフが「種々雑多」であることは必須なのである。
コールハース自身が幼少期をインドネシアという異国で暮らした事実も無視できないでしょう。私が敬愛する建築家であるルイス・カーンも幼い頃から異文化体験をしています。
さて、一体なにが言いたいのか。一言で表現すれば、私は2013年も自ら「異文化」に身を投じていく、ということです。そうしなければ更なる成長はできないと思っています。そして他の翻訳者・通訳者も同じように挑戦を続けてほしい。それは今まで接点が無かった歌舞伎を観に行くとか、ロッククライミングを体験してみるとか、何でもいいのです。今までは専門分野である法務、例えば契約書しか翻訳してこなかったけど、今年は医療系の翻訳も勉強してみるかとか、そういうものでもいい。自分の中で眠っていた新たな才能を発見することになるかもしれませんよ。
まずはやってみること。そしてやりながら修正を加えていくこと。それが2013年の基本方針です。
0 件のコメント:
コメントを投稿